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「アーティストの報酬に関するアンケート」 調査報告とディスカッション(美術分野における報酬ガイドラインを考えるセミナー③)

Text by 酒井志紋

イベント 活動報告

2025.2.18

「アーティストの報酬に関するアンケート」 調査報告とディスカッション(美術分野における報酬ガイドラインを考えるセミナー③)

開催日時:2024年9月5日(木)日本時間20:00〜22:00
場所:オンライン

美術の作り手と担い手のためのネットワーク art for all では、2023年9月8日から2024年1月4日にかけて、美術分野の活動発表に関する依頼や報酬のあり方についてより適正な形を実現していくため、アーティストの報酬および経費の支払われ方について実態の把握を目的に「アーティストの報酬に関するアンケート」を実施しました。この実態調査をもとに、報酬に関わるガイドラインの策定を目指しています。

活動報告:世界のアーティストフィーから学ぶ(美術分野における報酬ガイドラインを考えるセミナー②)に続き、今回のセミナーでは、「アーティストの報酬に関するアンケート」の調査報告を行うとともに、専門家を招いて日本における報酬ガイドラインのあり方についてディスカッションをおこないます。

「アーティストの報酬に関するアンケート」 調査結果β版
作成:art for all「美術分野における報酬ガイドライン」を考えるワーキンググループ
協力:社会調査支援機構チキラボ
special thanks:a-n、industria

【出演者】
吉澤弥生(社会学者/共立女子大学文芸学部教授)
art for all「美術分野における報酬ガイドライン」を考えるワーキンググループ
(村上華子、木原進、川久保ジョイ、湊茉莉、石塚まこ、作田知樹)

主催:art for all
助成:公益財団法人 小笠原敏晶記念財団

【関連リンク】
art for all|世界のアーティストフィーから学ぶ(美術分野における報酬ガイドラインを考えるセミナー②
美術手帖 – 美術分野における報酬ガイドラインを考える
日本經濟新聞 – 展覧会、アーティストの実質報酬ゼロ? 最低基準策定も 「やりがい搾取」を許さない(3)

◉イベント報告

本セミナーは美術分野における報酬ガイドラインを考えるワーキンググループのメンバーである作田の司会進行の挨拶から始まりました。

現在は報酬ガイドライン策定に向けて、美術分野の活動発表をオーガナイズする美術館やアートセンターなど、またそれらを支援する側のお話などを伺っているところです。そこで今回は前半にワーキンググループが行ったアンケートの結果を発表し、後半は公開ヒアリングのような形式で、美術を含む芸術分野全体の労働環境の現場に関して長年調査をされている共立女子大学教授の吉澤弥生先生に、ワーキンググループが行った調査結果の内容についてご意見を伺いました。

吉澤先生は共立女子大学文芸学部文芸学科の教授で、芸術社会学および文化研究がご専門です。大学以外においても、2012年から2020年までアートNPOリンクというNPO法人の理事を務められ、またフィールドワークを通じて様々な芸術分野の従事者に聞き取り調査を行い、特に若い芸術家たちの労働、生活面ややりがいについてまとめたブックレットも刊行されています。その他にも様々な媒体でこの分野についての知見をご紹介されています。

前半のアンケートの結果発表は、美術分野における報酬ガイドラインを考えるワーキンググループのメンバー6人によって行われました。

今回紹介するのはアーティストの報酬に関するアンケート調査結果β版になります。こちらは一昨年に当ワーキンググループが行ったアンケートのアップデート版で、2年前に行った調査結果はart for all のホームページおよび美術手帖の記事等で紹介されていますが、その時の内容について、本アンケートのスペシャルサンクスの項目にも載っている、 a-n および industria というイギリスの団体が行った調査内容を参考にしてアップデートしました。

本アンケート調査は現在の美術分野の活動発表に関する依頼や、報酬のあり方についてより適正な形を実現していくためにアーティストの報酬及び経費等の支給について、実態の把握を目的に行ったものです。アンケートの主体であるart for allはこの実態調査をもとに、報酬に関わるガイドラインの作成を目指しています。

今回のアンケート調査は 2023年9月8日から2024年1月4日にかけて行われました。対象者は美術家、アーティストです。前回は様々な職種を含むアートワーカーを対象に調査を行いましたが、より対象を絞って調査を行うことで、まずアーティストのための報酬ガイドラインの作成を目指し、そしてその後アートワーカー全体の労働環境の改善についての取り組みを進めていくことで底上げを図ろうという意図を明確にしました。調査方法はインターネットサイトを用いたアンケートで、回答数は306件でした。1人が複数の展覧会に参加した場合、複数回答できる形式になっています。

展覧会の特徴や属性に関してですが、この回答にある企画が行われた年の多くが直近10年間になっており、約60%が2020年から現在まで、約25%が2015年から2019年でした。また各企画に参加したアーティストの年齢は30代、40代が中心で、全体の四分の三が30代から50代でした。また参加当時の活動年数は5年から10年が約3割、11年から20年が約45%でした。

次に調査結果の内容についていくつかピックアップしたものを紹介し、その後ディスカッションが行われました。

企画の実施場所は基本的には展覧会などを指しますが、地方自治体の公立美術館での企画が最も多く、回答結果の四分の一を占めました。次いでコマーシャルギャラリーを除いた美術館以外の民間施設が約22%、芸術祭やフェスティバルなどが19%、美術館以外の公立施設が13%、民間の美術館が9%で国立美術館が3%という回答でした。

これを前提としてアンケートの問いとその回答を見ていきます。

「支給された金銭の総額はおよそいくらでしたか」という質問で、これは企画の必要経費、制作費や機材費、輸送費、宿泊費、交通費、保険料、広報宣伝費などを指します。必要経費の現物支給は除き、支給があった場合はおよその金額を、なかった場合は0という回答になります。結果は0円がほぼ四分の一を占めました。全回答の中央値は15万円、また中央値からかけ離れた極端な回答を除外した平均値が21万5111円でした。

「先ほどの質問で答えた支給総額の中に、企画の必要経費以外で、企画の報酬(謝金、出品報酬、アーティストフィー)に該当する金銭はありましたか」という質問では、48%とほぼ半数の回答者が企画の報酬が無く、報酬があったと回答した人の中では10万円から25万円が13.1%と最も多く、続いて25万から50万円が多いという結果となりました。

この2つの回答結果を見ただけでも分かる通り、いったいアーティストはどうやって生活しているのかという話をよく耳にします。文化庁の担当者にヒアリングをした際にも同様の質問が上がっています。

「支給される金銭の額を提示された際にあなたはどういう対応をとりましたか」という質問では、「納得して受け入れた」という回答は全体の半数以上でした。これは、展覧会への出展やパフォーマンスの依頼に対して、謝金がないという条件の中でも納得し受け入れたという回答者が半数いたことになります。

これについては 、後述の質問「報酬が適切だったか」に対して報酬が適切だったという回答は20%台に留まっている点については留意しておく必要があります。そしてその時点では受け入れたものの、後にやはり納得がいかなかったという回答も出ています。

「支給された総額に対して主催者があなたに期待していた仕事内容として、当てはまるもの全て選択してください」という質問は、企画の開催に当たって主催者から提示された予算や開催規模に対し、美術館やその他主催者側からどういうことを望まれていたかについてです。回答の中では「制作時間」と「制作費」、「材料費」が7割を占めており、多くのアーティストが企画において旧作ではなく新作の出展を期待されていると推測されます。

そして「作品案・展示案の提案」や「広報素材の提供」が同じく7割と、企画から広報に至るまで、展覧会に関わる多くの部分にアーティストが労力を割いていることが分かります。つまりこれは単にアーティストたちは作品制作や旧作の展示を行っているだけではなく、展覧会の多岐にわたる面にも大きく労力を割いているということになります。

「企画に関する報酬や制作費とは別に、旅費・滞在費・交通費の予算はありましたか」という質問に対しては6割が「予算は無かった」という回答、そして約2割が「金銭で支給」され、1割が 切符などの「現物支給」であったという回答になっています。

「企画終了後の作品の行き先について、当てはまるものをすべて選択してください」。この質問は、作品の売却ができるにも関わらずアーティストへの謝金は必要なのかという疑問について応える形で作成されたものです。

回答は約6割が「アトリエまたは制作場所に保管」して、作品を再展示または販売できる状態にしています。そして25.2%が身体表現やインスタレーションなど「形に残らないタイプの作品」、13.7%が主催者や主催機関などに「収蔵・販売」しているケースでした。

次は先ほどの「収蔵・販売」と回答された方への質問で、「販売金額はいくらでしたか」というものです。回答は7割から8割が「0円」で、これは主催者へ無料で譲渡したり、アトリエの空きスペース確保のために展示場所にそのまま設置したケースなどが挙げられます。

「当時のあなたの年齢と経験に照らし合わせて適切な報酬だったと思いますか」 という質問では、回答は「いいえ」が半分以上、「はい」が26.1%、「わからない」が 21.6%でした。

「企画に対してのあなたの活動内容に照らし合わせて適切な報酬だったと思いますか」に対しても、半分以上が「いいえ」と回答しています。

「企画の規模に照らし合わせて適切な報酬だったと思いますか」。これも半分以上の回答が「いいえ」となっています。

「企画のために働いた他の関係者と比べて適切な報酬だったと思いますか」。回答は「いいえ」が38.9%、 「はい」が23.5%、「わからない」が37.6%で、ここでは報酬の適切性について他人とは比較したくないと考える人が多いことが見て取れます。

これら4つの質問はそれぞれ比較している対象が異なりますが、興味深いのは「企画の規模」に対して自らの報酬が適切でなかったと考える割合がその他3つのそれよりも高く、「企画のために働いた他の関係者」、例えばカメラマンや展示設営者あるいは照明担当者などと比較すると「いいえ」の回答が39%と減っていることです。これは業界全体の報酬がそもそも低いため、アーティスト以外と比較した時に報酬が適切ではないと考える回答が減少していることが分かります。

そして最後の「アーティストの報酬ガイドラインは必要だと思いますか」という質問には、95.1%が必要であるとの回答でした。

ここからはアンケート調査の最後に設けた、自由記述という項目について紹介していきます。

このセクションでは「ご記入いただいた案件に関し、報酬面について、あるいは他の点において気になったこと、特筆すべきことがあればご記入ください」という内容について、132件の回答を頂きました。今回は事例の匿名化及び簡潔化のため記述の一部を編集している場合があるため、予めご承知おきください。

回答を見ると、この132件という多くの意見の中でも、共通した部分をいくつかキーワードを挙げて紹介することができます。

まず1つ目が「報酬が全くない、 ゼロである」というものです。「主催者は大企業であるにも関わらず、アーティストフィーがゼロであった」、「報酬は全くなく制作に関わる経費のみ支払われるという条件だった」、「報酬は経費にしかならなかった」という場合や、さらに「支払われた予算は必要経費に費やされ、150万円以上の赤字になってしまいアーティストフィーとして残るものはゼロだった」、「予算の全額が旅費と制作費に消えてしまった」、「他の仕事をする時間も取れずお金に困ることになってしまった」、その他にも「報酬も 交通費もゼロという書面が届いた時には開いた口がふさがらなかった」という経費すら作家自身が負担することになった事例など、また「年数を経て経験を積んでもギャラが上がることはなく、 アーティストフィーがゼロのこともよくある」と、経験を積んだアーティストであっても報酬額が上がらない事例が続いているというような内容でした。

次のキーワードは「報酬が低い」ことです。報酬は出るものの、最初に決まった予算が支払われ、その中から経費を自分でマネジメントして残金をアーティストフィーとして良いという暗黙の了解のもとで企画が進行するケースがあり、アーティストの労力やアイデア、クリエイティビティをその程度のものとしか見なしていないのではないかという意見や、ほとんど報酬もなく、時間と労力を費やしてボランティア活動のように企画に従事したため、一方的に利用されたように感じたという意見が
寄せられていました。

「報酬の有無、報酬額が曖昧」 というキーワードでは、支給されるものが不明瞭かつ不公平だったというケースや、報酬の支払いは展示終了後が多く、それまでは制作費にも当てられないというケース、設営費でさえも後払いであったということ、また受注した内容が曖昧なために赤字になってしまった、予算について問題があったというケースなどが挙げられます。また何にどのくらいのお金が支払われているのか、全体の予算はどうなっているのかなど、最後にならないとそれが見えない、あるいは展示が終わってもわからないままというような不透明性が気になっているケース、さらにグループ展としての支払いなのか、出展者一人一人に対する謝金なのか明言されないケース、展示依頼はまず最初に報酬や制作費を書いてほしいという報酬の有無や報酬額が曖昧であったという事例も紹介されました。

「経費」に関するトラブルでは、報酬や経費だけでは材料代にもならず、作家の持ち出しでどうにか回っているような事例や、主催者の予算があまりにも少ないため何とか作家負担にできないかと打診されたケースなどが挙げられます。

また「契約書が無い」という点もキーワードとして挙げられます。契約書の作成を要望したにも関わらず作成されなかったことで、金銭関係のトラブルに巻き込まれた事例や、契約書を要望していたが様々な理由で先送りにされ、権利関係もうやむやなままその後の活動に支障が出たという事例など、契約書が無いことによって様々な問題が発生している点が挙げられています。

以上の問題点に関連して、多くの方々から報酬ガイドラインの必要性についての意見が寄せられました。「主催者は大きな企業であり、予算がないわけではないものの、アーティストフィーを支払うべきだという認識が欠けているため報酬を出さない姿勢であると理解した」、「もし報酬ガイドラインが策定されれば、企業のコンプライアンス面でも参照せざるを得ないはずだ」という意見があり、またアーティストが報酬について話し合える余地がほとんどないという状況の説明や、さらに別の意見として、アーティストの報酬ガイドラインを作成するとすれば適正金額がどのように定められるべきかについての質問やご意見が寄せられました。一例として、スコットランドのガイドラインを参照して助成金を申請したが、そこに定められたアーティストフィーの金額が高すぎて、実際の労働時間分で計上するのは難しく、最終的には労働時間を減らして申請したということです。ガイドラインの日給が約5万円程度だったため、正直に労働時間を含めて計算すると、申請する助成金の金額が高額になりすぎて、申請が通りにくくなるのではないかと感じ、断念したと言います。従って、ガイドラインがあってもそれが誰にとっての適正金額なのかは異なるため、その点が難しいという意見もありました。さらに、他国のガイドラインを参照した場合でも、日本で活動するにあたって、適切な金額を提示するのは容易ではないという意見も挙げられています。

次に「ハラスメント」に対する意見です。性別や年齢による差別を受けたというケースや、キュレーターがハラスメントに近い言動を行ったという事例が多く寄せられました。中には、自身が罵声を浴びたという経験をした方もいます。また、返答を求めるメッセージが無視され、感じた印象として無視されたように思えたという意見もありました。さらに、会場の対処が不十分で、嫌がらせやジェンダーハラスメントを受けたが、主催者は根本的な解決に応じず、泣き寝入りをせざるを得なかったというケースも報告されています。性別や年齢、学歴などに対するハラスメントに関しても、多くの意見が寄せられました。

また、「地方の課題」についても多くの意見がありました。地方の美術展などでは報酬が明記されない企画が多く、打ち合わせ等で報酬についての説明がされないことも多々あります。これにより、アーティストがボランティア的活動を余儀なくされるケースもあります。さらに、地方へのリサーチや新作制作にかかる費用が非常に低く、例えば欧州の芸術祭では、制作費や交通費込みで謝礼が3万円というケースもあります。このような若手アーティストの搾取に関する懸念や、地域格差が大きいという意見も見受けられました。このように地方での展覧会やフェスティバルのオーガナイズにおける予算や報酬に関する問題も重要な課題として挙げられています。

上記の質問群に加え、「あなたが関わった企画に限らず、芸術分野における報酬に関して思うことや提案があれば自由にお答えください」という問いに、126件の回答が寄せられました。大きくまとめると以下のような意見が見られました。

・報酬の低さ
・報酬と制作のバランス
・報酬と制作費の混同
・報酬のあり方と納税
・書面での合意の必要性
・仕事内容が不明瞭、アーティストが肩代わりすべき業務の拡大
・経営、会計、交渉に関する知識、サポートの必要性
・ガイドラインの存在意義、相談窓口の必要性
・やりがい搾取、名誉

ここでは、その中でベータ版には掲載されていない内容や、その他の意見について、また先に触れた内容には重複しない部分を以下に紹介します。

【報酬の基準について】
・キュレーター、設営業者、アシスタント、アーティストの中で最も報酬が少ないのがアーティストという状況は本当におかしい。
・技術者は明確な日当が設定されているが、アーティストの場合は成果物しか金銭的な評価対象にならず、 制作時間に見合う収入が得られない。
・業界としてアーティストが制作に費やす時間=労働相当時間に対する報酬について、何らかの評価基準ができればと思っている。
・直接制作にかかる時間以外のトレーニングや、実験や失敗がある中で製作するから作品が高まるということが抜け落ちた報酬の設定に無理がある。
・表現手法が多様化しているにも関わらず、アーティストへの支払い基準がずっと変わらないのはおかしい。
・美術分野全般として、個々の事業の参加アーティストの数を絞り、報酬をベースアップしてもよいと感じる。
・地方市立美術館など、 そもそも予算がなく手弁当で展示を開催する場所と、 チケットなどで収益を上げる展示会は、一律で扱う のは難しいと思われる。

【勘案するべき、加えて見積もるべき費用】
・全体的にリハーサルや拘束日程にかかる費用が甘く見積もられている。
・プレゼンの為の資料作成等、労力が必要なものに関しても報酬は支払われるべきだと思う。
・打合せ費、現地調査に係る交通費を考えて頂きたい。
・調査に係る交通費が想定以上にかかった場合に交渉できる余地が欲しい。
・材料費とはまた別に、アトリエや作品保管倉庫などのプロとして必要なスペースの維持費も勘案して欲しい。

【報酬の提示、支払いのタイミング】
・仕事の前に報酬についてきちんと説明して欲しい。
・作家側からわざわざ報酬について確認をしなければならないことが多い。 本来であれば仕事を依頼してきた側から最初に提示すべきことである。
・アシスタントに対しては数ヶ月後の後払いはできないので毎月払いをすることになるため、それもアーティスト側が立て替え(貸し付け) をすることになる。 報酬と負担の可能性は全てオファーのタイミングか最初期に提示すべき。
・謝礼が支払われるタイミングについて。ほとんどの美術館では展覧会の会期終了後の支払いが当たり前になっているのが納得できない。作品を展示するというサービスを提供しているので、少なくとも作品がインストールされた段階で、金銭的な 対価をアーティスト側は受ける権利がある。
・支払いが非常識に遅い。
・プログラム実施前や作品制作前に準備資金を前もって頂きたい。

【作品形態と報酬】
・私は作品を売ることが難しいプロジェクトベースの作家であるが、やはり作品を売るという行為が制作サイクルに入らないと、美術業の収入だけで食べていくことはできないと思う。養う家族がいる場合はさらに厳しい。
・ワークショップというカテゴリーで、時間をかけずに実施できるイメージでの依頼があるため、 準備期間やその地域、現場、対象者に合わせてオリジナルで制作しているため、流用できるとは考えて欲しくない。

【報酬の提示、支払いのタイミング】
・仕事の前に報酬についてきちんと説明して欲しい。
・作家側からわざわざ報酬について確認をしなければならないことが多い。本来であれば仕事を依頼してきた側から最初に提示すべきことである。
・アシスタントに対しては数ヶ月後の後払いはできないので毎月払いをすることになるため、それもアーティスト側が立て替 え(貸し付け) をすることになる。報酬と負担の可能性は全てオファーのタイミングか最初期に提示すべき。
・謝礼が支払われるタイミングについて。ほとんどの美術館では展覧会の会期終了後の支払いが当たり前になっているのが納 得できない。作品を展示するというサービスを提供しているので、少なくとも作品がインストールされた段階で、金銭的な対価をアーティスト側は受ける権利がある。
・支払いが非常識に遅い。
・プログラム実施前や作品制作前に準備資金を前もって頂きたい。

【助成で計上不可】
・文化庁の助成金でも自分のアーティストフィーは計上できないため、 採択された場合は生活のための労働時間を削り、貧乏 になる。また、助成金で備品となる機材は買えないため、レンタルすることになり、購入するより多くの金額を払う。

【生活、将来への不安】
・健康で文化的な最低限度の生活をしてみたい。
・あらゆるものが値上がりしているので、日々の生活に困らないくらいの報酬があってほしい。
・私が住んでいる地域では、美術に関わる人皆が資金不足で将来が見えないという雰囲気がある。

【美術家という職業】
・特別な技術と経験を使って制作していることを認識し、作家をスペシャリストと考えて欲しい。
・生活賃金を明らかに下回る収入では制作を続けていくことは困難であり、作家の誇りも傷つけられる。 職業としての認知が 欲しい。
・アーティストは制作の他にも生きていくための費用が必要。ただ、展示の報酬に関してはその事は加味されない。企画者側 もアーティストも生活者だということを具体的に想像してみてほしい。
・「美術家」が職業として成り立つ社会にしていきたい。

【異なる形での「報酬」 】
・アーティストフィーがもらえない際でも、機材提供や別の仕事を回してもらえたり、アトリエの提供をしてもらえたり、そういう別の形で何かを受けることができればそれだけでもかなり助かる。

【アーティスト自身の反省】
・主催側や社会通念だけでなく、作家自身が無報酬であることを内面化してしまっているところもあるのでは。ゆえに作家がおかしいことはおかしいと声を上げることは大事。
・美術業界のみに固執することの危うさも感じている。美術から派生する様々なことに目を向けること、そして専業であると いうマインドをほぐす必要もあるのかもしれない。新しい働き方、生き方を開発していく視点、マルチタスク的な身のこな しを身に付けることも未来においては重要になってくるのでは。

【アーティスト間の格差是正】
・美術の分野は全般的に低所得に苦しんでいますが、経済的に高収入をえるアーティストも少ないながらいます。その格差が激しすぎるので格差を是正し還元する仕組みがあると良いかと思う。

【経営、会計、 交渉における知識・サポートの必要性】
・美術学校、 ユニオンで見積書の作成方法を教えていける仕組みが必要。
・インボイス制度による作品価格の値下げおよび消費税分未払いの事案が弱い立場であるアー ティストに多く見受けられる。これに対応できる組織や団体などがあまりなく、実際困っている若手のアーティストが多数いる。

【ガイドラインの存在意義、 相談窓口】
・若手の場合は美術館に交渉することや文句を言うことも難しいだろうと想像する。報酬の目安が明示されているガイドラインがあることで、彼らを守る大きな盾になると思う。
・仕事の対価の基準を知る方法や、違和感を感じた場合に相談できる第三者機関などがあれば心強く、諸々のトラブルを減らし、業界を活性化させることにつながるのではないか。ガイドラインだけで解決するかどうかは疑問だが、最低限の報酬を 守る監督のようなものが必要。
・ガイドラインなどがあると、それを元に交渉がしやすく、美術畑の人間以外を説得する材料としてはとても役に立つ。
・アートに関する報酬について、ひとつの基準/ガイドラインを設けることが可能とは思えない。さまざまなケースや合意形 成のプロセスが想定され、別の事情が多く含まれる。したがって、ガイドライン策定よりも個別案件について相談したり、この方面に明るい弁護士を斡旋するような窓口の開設が望まれる。

【今後の展開への期待】
・待遇の情報などを良い形で共有ができ、議論が進むことを望みます。
・海外での視察を幅広く行った上で、世界標準に則ったガイドラインを作成し、美術館やギャラリー、アートイベントの企画 団体に配布するのが適していると思う。
・基準をつくりつつ、柔軟さを残すことを望みます。基準が枷にならないように。
・ガイドライン策定後は、文化庁等協力して、ガイドラインを遵守している施設に積極的に文化庁が助成するなど効力を持つような仕組みを構築できるといいですね。
・地方の美術大学全体で、学生の今後の活動の場を整えて行こうとする活動があってもいいのではないかと思う。大学側は、ギャラリーへの紹介や人脈作りだけではなく、企画に対する具体的な報酬を提示することで、若手アーティストは今後のアーティスト活動の筋道を立てていけるのではないかと思う。
・次世代の人々がより充実した制作環境を得ることが重要だと思う。仕事に見合った報酬や働くことの権利についてきちんと議論していきたいと思います。

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ここからは後半として、吉澤先生のお話を伺いました。先生にはご自身の研究についてのご紹介と、事前にお送りした今回のアンケートに関する質問と独自の質問に対する回答についてお話いただきました。

吉澤弥生先生(以下吉澤先生):
私は2009年頃から、アーティストというよりはアートマネージャーやディレクター、イディペンデントキュレーターといった肩書きの方々を対象に、「労働環境がひどすぎませんか?」という問題意識のもと、インタビュー調査を始めました。それを振り返ると、さらに5年前、2004年にアートNPOで仕事を始めたのがきっかけでした。

当時、博士課程を修了して非常勤講師として働きながら、低賃金・長時間労働に苦しんでいました。「なぜこんな状態が当たり前なのだろう?」という強い疑問を持ち、仲間たちと「これは変だよね」「労働問題だよね」という議論を重ねながら、少しずつ研究費を得てインタビュー調査を進めていきました。

最初の頃、インタビューを受けてくださった方々には「なぜこんな個人的な愚痴を聞きにくるの?」ですとか、「こんな話をしてどうなるの?」「私のわがままにすぎないんじゃないか」と言われることが多かったです。また、私が「これって搾取的な構造では?」と指摘すると、怒りを露わにされる方もいました。それでも、この問題意識が広がり、同じような声を上げる人たちが増えていく中で、「これは個人の問題ではなく、社会の問題なのではないか」という考え方が徐々に浸透してきたと感じています。

そして今回、アーティストの皆さん自身が自らの状況を調査し、その結果を公表するという大きな進展を目の当たりにして、大変心強く思っています。本業を抱えながらこのような調査を行い、成果を共有してくださったことに、心から感謝いたします。本当にお疲れさまでした。

私自身の研究は、主に2009年から2010年代の半ば頃まで集中的に行い、その後は少数の方々を対象に継続してきました。そこで得られた声をいくつか紹介します。これは実際に聞き取った内容を私の文体で編集し、匿名化してまとめたものです。今回はその中から条件に関する部分をピックアップしてご紹介します。

[アーティスト]
①20代男性/大学
大学卒業後、デザインやウェブサイト管理で収入を得ながら、自分の制作活動を続けている。制作以外の仕事はお金や時間の条件が不明なまま始まることが多く、本業である制作に時間を割けないことが悩みだと話していました。

②30代女性/大学
大学を卒業し、夫と二人暮らし。一時期はパートをしながら制作していたが、現在は制作に専念しているとのことでした。

③30代男性/修士
修士課程修了後、大学の教務補佐員として勤務。月収は家族3人が生活できる程度で、社会保険も付いているとのこと。しかし、インタビュー対象者の多くは社会保険に加入しておらず、国民健康保険や年金も払えない状況が多いことが分かりました。この方は、長時間労働に追われながらも、だからこそ創造性の重要性を感じていると語っていました。

④30代男性/博士
ある方は、レジデンスプログラムに参加するたびに赤字が続いており、時間を考えるとアルバイトより稼げない状況にあると話していました。「このままでは絶対に儲からない」と強調していました。

[キュレーター、ディレクター]
⑤30代女性/修士
企画公募に応募し参加。企画費を受け取ったが、キュレーションフィーはそもそもないと言われた。何故かと尋ねたら「昔からこうだから」と。 その間は別の仕事もできないから生活費が稼げないし、最後は企画費も足りなくなったので貯金を使ったとのことです。

⑥40代女性/大学
大学の研究職 (有期雇用) を兼務。「この仕事は美術館の正規の学芸員になるか、専任の大学教員になるか以外に安定することはほとんどない。アートセンターも指定管理であればほぼ有期雇用だし」とのことで、また以下は先ほどのアンケートの自由回答の部分につながる話だと思うのですが、「企画やプラン作成は仕事内容が見えにくいので、そこに謝礼が発生することを認識している人はまだまだ少ない」というお話でした。

⑦30代女性/修士
指定管理、協同事業体の正社員。事前に交渉し、月収は「普通に暮らせるくらい」とのことで、週5日勤務、社保・交通費あり。オープン直後で、半年に150本のイベントをやることが決まっていた。この間休みなし。「他の事業体からは天下りや仕事のできない人ばかりが配属されていた」ので、本来自分の仕事ではない決算処理や会社間の交渉などもやった。またここも非常に重要な点なのですが、「イベント内容の相談や人の紹介依頼があるが、そこで話したアイデアや人脈など、自らが時間をかけて築いたものを一瞬にして持っていかれてしまうことがある。しかも悪意なく。」

⑧30代女性/修士
この方も自ら交渉を行ったケースです。指定管理、協同事業体の契約社員、毎年更新最長5年まで。月収は額面25万円、社保あり、残業代休日出勤手当あり。「業務内容、年間休日や有給休暇の日数を契約書に示して欲しいと交渉した。ここでなあなあにして、『この人たちはこれでいける』と思われたら、後に続く人も困るだろうし」。2年目から産休・育休がとれる。「これまでひとつの職場で2、3年以上働くのは抵抗があったけど、こういうメリットがあるんだな」。半年で復帰するつもりだが、1年は休んで育休取得の前例を作るべきか悩んでいるとのことです。

⑨40代女性/修士
行政運営施設の常勤契約職員、1年めは1年契約、その後3年更新。前職ではアーティストの意向を最優先していたが、職位が代わり役所の考え方がわかるようになった。収入は前職の約2倍、都会の一人暮らしで困らない額。休みもカレンダー通りで、中間管理職的なストレスはあるが、体調が改善した。今、育休を取っている人が2人、戻って来て時短勤務の人が1人いる。大きい組織だと代わりの人がいるのかもしれないけど、ここでは他の人にしわ寄せがきてしまう。よく考えてみると今戦力となっているのは独身の人ばかりで、ここは少しジェンダーの問題にもなってしまうかもしれませんが、「結婚したいから正規雇用じゃないとやっていけない」と言って辞めた男性や「自分のキャリアや学歴に見合う仕事をしたい」と言って辞めた人もいるようです。

[マネージャー]
⑩30代女性/修士
短期間事業受託契約、月20万程の固定給と「サービス残業」。語学ができるからと契約内容以外の仕事も頼まれた。「アートマネジメントは何でも屋」、「この業界は徒弟制度なんだろうなと感じることがよくある。仕事のやり方も、言語化されて伝えられるというより、なんとなく合意されたものがふわーと伝わってくる」。

⑪20代女性/修士
施設運営(指定管理)、文化財団の1年ごと嘱託職員(4年まで)。手取り17万、交通費別途、社保あり。残業時間の年間目標値があるため、実際より少なく申請するように圧力がかかったことも。月60~100時間の残業代のうち半分が「サービス残業」。直属の上司が、専門でないことを言い訳に仕事をしないので、しわ寄せが現場に来る。

[ボランティア]
⑫40代女性/大学
企業の契約社員、転職の合間やボランティア休暇を活用して芸術祭に参加。この方も語学が堪能だということで非常に頼りにされていたということですが、運営側に「有名なアーティストの制作にかかわらせてあげている」という高飛車な態度を感じたこともあり、「アート業界はどうしてこんなに人を安く使うのか」という問題提起をされていました。

これらのインタビューから、以下のような問題が浮かび上がってきました。

・不安定な就労環境のなか職務や責任を果たそうと奮闘することが、「やりがい搾取」、健康被害」につながってしまう
・徒弟的、 家族的な関係性→排他的、抑圧的、 声をあげにくい雰囲気
・キャリアの見通しが立てづらい
・長時間労働、働き方と就労形態の不合致 (「サービス残業」 など)
・低賃金、非正規雇用・フリーランスなど不安定就労、 雇用保障・社会保 障へのアクセス困難

そしてその背後には、構造的な問題として以下の点も指摘されます。

・非物質的労働 (企画、 アイディア、 人脈、サービス、ケアなど)に対する価値の低さ
・根底にあるジェンダートラック

こうした課題に対し、今後も議論と行動が必要だと感じています。

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ここで、ワーキンググループのメンバーと吉澤先生との間で、意見の交換と質疑応答が行われました。

村上華子(以下村上):
まずアーティストの労働を定量的に把握することが難しいという話に関連して、そうしたご研究をされていた木原さんが作成した表がありまして、これは現代美術作品のライフサイクルを、どのステップにどれぐらいの労力がかかるかといったものを、意外とアーティスト自身も把握しておらず、作品について考える時間も含めて具体的な制作時間がいくらかかるといった内容で、これについて木原さんご説明いただけますでしょうか。

木原進(以下木原):
これは現代美術の作品のライフサイクルを縦軸と横軸で作っているのですが、横軸は作品の準備からその後の過程を表しています。作品の準備段階から制作、作品完成後は展示場所に移送し、展示・展覧会を作り、そして例えばそれがギャラリーであれば販売が行われ、展示終了後は撤去・搬出を行い、さらにそれを輸送し自分のアトリエに持ち帰る、あるいは購入された作品はコレクターの元へ設置され、そして返却された作品は設置場所が無ければアトリエで廃棄し、残す場合はメンテナンスをします。縦軸はそれぞれのタームに対してどういう支援が使われるか、例えばAは知的資源を指しており、計画や研究・検討などについて、そしてBが材料、Cが道具機材設備で、Dが場所・空間、EおよびFは人的資源、その中にはメンバーやスタッフ、出演者がいますが、さらにそれを統括してマネジメントするプロデューサーもいます。さらに著作権管理や保険、経理など全体を支えるバックオフィスといった図を作成・配置してみることによって、どの位置にアーティストの活動制作に関する資源がかかっているのかということを示しています。

端的に言って、これによって見積もりを作成しやすくなるのではないかというのが当初の考えでした。またこれを示すことによって、十分な報酬がなかったとしても、その代替として作品の移動に必要なトラックの用意や、作品のメンテナンスのために必要な材料の融通、作品保管のための倉庫の貸与など、そうしたことの交渉に利用してもらえるのではないかと思い作成しました。

作田知樹(以下作田):
吉田先生はアーティストだけではなく運営側も含めた業界全体としての体質についても追いかけていらっしゃいますが、我々が今回行ったあのアンケートとは別に、美術領域も含めた芸術関係の業界がこれまでどのような各種統計や調査による実態把握を行ってきたかについて、何かご知見をいただければと思いますがいかがでしょうか。

吉澤先生:
そうですね、アーティストやアート関係者、クリエイティブワーカーは、作品や制作物という観点から見ていくのか、あるいは制作にかける労働という点で見ていくのかというところで確かにとても難しいポジションにいるなと思います。ただアーティストと芸術関係、両方向で考えていくやり方はあるのではないかと思っています。

美術関係で言うと、今回のアンケートを見てもそうですが、コロナ以降のart for allの活動も含め、ようやくしっかりまとまった形で声が上がってきたなという思いがあります。その少し前からですと、演劇や舞台関係者、映画業界やオーケストラに関わる分野の方々がその労働環境について声を上げてきたという流れもあります。ただやはり細かく見ていくと、働き方や時間で計算できるものなのか、これまで同一に語られることが少なかったからだと思いますが、舞台芸術と美術制作ではプロセスなど異なる部分が多いという印象があります。ただ先だって活動が始まった文化系の分野の動きは、非常に参考になるのかなと思います。

作田:
やはり一般的にはまだまだ拘束時間みたいなことを考えてしまいます。細分化した時にその時間あたりどれくらいの賃金が妥当かという話で考えれば、フリーランスも同じような発想で計算していくことができるかもしれないですが、やはりそういったアイデアや人的な資源からでしか出てこないようなものに対する明確な報酬のあり方というのはやはり難しい部分があるのかなと思います。他の業界での報酬ガイドライン作っている例などを後でお話しいただくとして、先に質問を進めさせていただきます。

では次の質問として、私たちは アーティストのための報酬ガイドラインを作成することを目標に掲げていますが、そもそもこうしたガイドラインを作ることについて、どのような効果があるか、あるいはその他のご意見も含めてお考えをお聞かせいただけますでしょうか。

吉澤先生:
まずこの報酬ガイドラインが、私は必要だと思っています。ですので皆さんのこの動きには「やったー」という感じですね。それと同時に、報酬というものをどう捉えるかも同時に考えていかないといけないなと思います。まず、そもそもこの工程に対していくらといった計算をするだけではなくて、では報酬のガイドラインはどういう位置づけにあるかということを考えると、やはり契約というこの一連のプロセスの中の一つとしてあるわけです。そしてさらにその契約はアーティストの権利を守るために相手方と行うものです。従って、アーティストの権利という非常に大きなものと、書面上の報酬金額の交渉、その両方を考えていく必要があるだろうなと思います。

それに関して自分の中で腑に落ちたことが最近ありまして、私は長い間こういった問題に対して、教育社会学者の本田由紀さんが作った言葉である「やりがい搾取」という用語をずっと使っていました。しかし、松本理沙さんがレポートしてくださった art for all のコラムにも掲載されていますが、京都と東京で行われたジュリア・ブライアン゠ウィルソンさんの『アートワーカーズ 制作と労働をめぐる芸術家たちの社会実践』という本の出版記念イベントの際に、ジュリアスさんに「日本ではこうやりがい搾取が起こしているんだ」という話をすると、同じ状況はアメリカにもあって、アメリカでは「心理的報酬」があるという言い方をするんだと仰っていました。その時に、「報酬」という言葉は「そうか、こういう風にも使われるんだな」という点も忘れずにやっていこうと思いました。

また、今回アンケート調査の結果を拝見していて、やはり報酬を出す側も、アーティストも、そしてもちろん私もなのですが、報酬という言葉をきちんと理解していないのではないかと思いました。報酬という言葉に関して、その雇用関係にある人に対して支払われるものを給与と呼ぶけれども、雇用関係ではなく対等な立場で契約する際に使われるのは給与ではなく報酬という言葉であるという法的な分け方を基本的にはしているようなのですが、どうも我々は報酬と聞くと「何かプラスアルファでもらうラッキーなもの」のようなイメージをどうしても持ってしまう気がするので、この言葉の整理を、報酬ガイドラインを世に出す際に、「報酬」とは何を意味しているかをきちんと示すことができると良いなと思いました。

作田:
このアンケートにおける報酬という点に関して見ると、質問2-2のところで、名目の如何を問わずアーティストがその行為に対して支払われる対価を一つ基準にしていたと思いますが、あくまで名目が謝金となっているものを対価として良いかどうか微妙なところはあって、謝金はあくまでお礼であって礼儀として支払われるものだという認識があります。むしろ対価をしっかりと支払うことができないため、心ばかり、できる限りの気持ちだけ示しましたといったニュアンスを謝金という言葉に入れる場合もありますが、必要経費以外の経費ということをここでは報酬と呼ぶ形にしています。一般的な呼称ではない可能性は確かにあるため、我々が報酬ガイドラインを掲げた時にその部分が誤読される可能性もあるなというのも個人的な感想としてはあります。他の皆さんのご意見はいかがでしょうか。

村上:
アーティストのための報酬ガイドラインということに関して、我々は海外の事例も色々と調査してきました。私はその中で、カナダのCARFAC-RAAVという団体が出している報酬ガイドラインを翻訳したのですが、あちらの報酬ガイドラインの基本的な考え方は、そもそも労働者性のある行為と、アーティストの著作物に対する著作権の一種としての展示権に対する報酬というものを完全に分けて考えているんです。例えば作品のインストールの立ち会いの場合、半日現地に拘束されて、それを監督してくださいと言われることはよくあると思います。そして比較的大型のインスタレーションの場合だと約一週間滞在して、こうでもないああでもないと言って指示を出し、実際に自らも作業したりといったこともありますが、こういった場合に対する報酬も、最初にまとまって渡される予算の中に含まれがちな気がしています。もちろんこれだけではないのですが、他にもワークショップや講演会、文章の依頼に加えて広報用画像の提出など、明らかに労働者性が求められることに関して、カナダのガイドラインは半日あたり4時間以内の場合260ドル、1日あたり4時間以上の場合は515 ドルを必ず支給するようにと定められています。それ以外にも、執筆や編集料金など明らかに「仕事」であると定義できるものと、その一方で作品に対する著作権の一種としての展示権に対する見返りを定めている箇所もあります。

このカナダのガイドラインの展覧会に対する報酬表を見てみると、ここで非常に重要なのが、展覧会の主催者をカテゴリー分けしている点です。国内機関なのかあるいは国際的な機関なのか、そしてそれぞれの中で予算規模に応じて国内機関はカテゴリⅠからⅢ、国際機関はⅠとⅡに分けられています。そしてその展覧会の種類、例えば個展や回顧展、プロジェクト系の展示、単体作品での展示や小規模な現場での展示なのかによって固定の報酬を分けています。ただこれは労働に対する報酬ではなく、あくまでもその著作権の位置としての展示権に対する報酬であるため、作品を制作するのにどれだけの時間かかったかなどは一切考慮されず、たとえ3分で作った作品であっても50年かけた作品であっても、極端に言えば同じ料金になります。展示が巡回した場合も、その展示ごとに著作展示権に対する報酬が発生することになっています。どうやらカナダはアーティストの報酬に対する法的根拠を徹底的に明らかにしようとした結果こうした仕組みになっているらしく、参考になるかなと思いご紹介させていただきました。

作田:
ありがとうございます。この展示権を中心とした著作権的な考え方になると、逆にその制作にかかった労力というものはあまり反映されないという部分が面白いなと思いました。最近は韓国などでも美術業界に関する標準契約書の案が政府から出されておりまして、そちらでは著作権ベースではなく、美術館での展示に対する参加報酬と、創作自営費と呼ばれる、実際の制作に関連した企画や構想や創作など一種の労働行為に対する時間あたりの単価からその人のキャリアによってまたさらに係数を掛けて算出される金額、それを合算したものを報酬として支払うといった案が示されたりしているようです。

この辺りは国によって本当に様々な例があるようですが、他にこうした点、もしくは報酬ガイドラインにおけるご意見のある方はいらっしゃいますでしょうか。

木原:
先ほど吉澤さんが、ご自分の研究の中でアーティスト側から交渉していくこともやらなければならないことだろうということをおっしゃっていたと思いますが、

私たちが行った調査の中で、芸術業界をより良くしようということで色々なガイドラインを作ったり、活動されている沖縄のアーティストたちにヒアリングしたところ、交渉というものに依存すること、個々の交渉能力での差で報酬費用が変わるのはおかしいのではないかということをおっしゃっていました。要するにアーティスト側が言わなければ報酬が支払われないという状態はおかしいということをおっしゃっていて、私もハッとしたところがありました。先ほどご紹介したライフサイクルの表は、私はどちらかというとそれを使って交渉しようという意図があったのですが、しかし若いアーティストたちは、口下手であったり、特に話すことが得意ではないためそのような交渉ができない人たちもいるんだとおっしゃっていました。吉澤さんはその辺りをどのようにお考えでしょうか。

吉澤先生:
そうですね、非常に難しい問題になるのですが、先ほどご紹介した例はマネージャークラスの方で、やはりそれなりにキャリアを積み、明確に言語化できる年代の人たちだったというのはあります。だから今木原さんがおっしゃったように、若手のアーティストがいきなりこれを持って交渉するというのは確かにそんな簡単なことではないだろうなと思います。ただ今回のアンケート結果でも、納得して受け入れたが適正だとは思わなかったという回答が多くを占めていたことを考えると、踏ん張って交渉する癖を若いうちから、辛いと思いますがやっていくべきだと思います。

作田:
やはりこのガイドラインをどのように実現させていくか、あるいは実効性をどのように高めていくかというところで、先ほど韓国の例を出しましたが、やはり展示機関の側も含めた形で委員会を作り、その中でお互いの立場を明らかにした上できちんと話し合い、業界の将来のためになる方法を考えていくということが必要かなと思っています。今回はアーティストが対象でしたが、前回のアンケートの時に、美術館の方だったと思いますが、そういったガイドラインのようなものがあるとそれをベースにして予算化しやすいんじゃないかという話もありました。先ほどのアーティストたちの労働と報酬の話の中でも、展示機関の側の理屈として、そもそも予算化されてないということがあったと思いますが、そういった部分に対する比較的有効な対策の組み合わせがあるんだと思います。

川久保ジョイ(以下川久保):
有効な対策の組み合わせとして、ハイブリッドというのは変かもしれないですが、恐らく全てをガイドラインに依存するのも極端だと思っています。逆に全てを交渉にというのも難しいとは思うので、そういう意味ではある程度枠組みを用意して、アーティストでフリーランスとして活動している以上は交渉を避けることは難しいのかなと思います。ただその一方で例えば建築業界のように建築士という国家資格がある中で建築業界で定められている基準 と、特に何の資格も必要なく誰もが自分をアーティストと呼べる状況で、アーティストの定義と報酬の定義作りが重要になってくるのかなと思いました。

作田:
おっしゃる通りだと思います。後で吉澤先生にも建築士の事例も紹介いただくと思うのですが、韓国の方でもまさに今そういう議論をしていたりして興味深く、参考になると思います。この我々のワーキンググループの方からもそういった情報を今後発信できたらなとは思っています。次に、今回のアンケート結果について、気になる点がございましたらご指摘いただけますでしょうか。

吉澤先生:
結果は全て興味深いものだったのですが、その中でもやはりセクションの2と5と7です。その0円というのはやはりとても衝撃ですし、先ほど文化庁の方もびっくりしていたというお話だったんですけど、これは単にびっくりして終わりだったのか、あるいは有益な意見交換ができたりしたのでしょうか?

木原:
いや、そこまでは掘り下げていなかったですね。

吉澤先生:
そうですか。そこですかね、あとはやりがい搾取っていう言葉が出てきていたりですとか、全体の予算の話をされてる方もやはりいましたね。「主催者の予算があまりにも少ないため」という部分だったり、あとは支払い根拠がないというところはやはりガイドラインがあるといいのかなと思いました。あとはハラスメント的な構造、権力勾配を指摘するコメントも多かったですよね。「展示させてやるのだから作家が持ち出しで当然なのだ」という雰囲気、あとはマネジメント業の怠慢という厳しい指摘もあったり、あとは常にキュレーターが作家を選ぶという非可逆な非対称性があって、作家の立場は弱くなりやすいためだと、またやりがい搾取を前提にした構造で自由や多様性をうたって業界を盛り上げる祝祭は意味があるのか、美術館に対して幻滅してしまうという声、このあたりはもう本当に反論ができないと思いました。やはりキュレーターと作家のその権力勾配、選ぶ側と選ばれる側に関する部分はやはり皆さん痛感するところなんでしょうか。質問を質問で返す感じになってしまいますが、作家の方は如何でしょうか。

川久保:
それは非常にあると思います。さらに言えば、公募展などでも無意識のところで、頑張って選ばれる必要性というか、気に入られると言うと変ですけども、ビジネス的に売り手と買い手の非対称性が非常に強いので、アーティストにどちらがお客さんなのかと突きつけている部分はあるんじゃないかなと思います。ただもちろん関係性ができてからは恐らくそうではないのかもしれないですけど、一般的にはデフォルトの関係性があるのかなと思います。「アーティストの友達をたくさん作りたいなら、キュレーターを名乗ればいい」というイギリスのちょっとしたジョークもあります。

作田:
キュレーターと名乗ることに関連して、ここにいらっしゃるアーティストは海外に拠点を置いていらっしゃる方も多いと思いますが、国内の事情もお詳しいとは思います。これはそれぞれの活動されてる場所、もしくは国内で活動される時の感触として、単なる感想で構わないのですが、アーティストが他の作家を巻き込んでキュレーションする、もしくはキュレーター役を務める場合、そこまで非対称性がないような感じがしますが、それに比べるとやはりキュレーターだけを専門としている人の方が、メディアの取り上げ方が違ったり、あるいはそこから別のビジネスに結びつくことが期待されるような状況があると感じることはありますでしょうか。

村上:
私のフランスでの少ない経験からお話すると、専門的なキュレーターであっても、組織に所属していない人、いわゆるフリーのキュレーターの方だと経済的な苦しさはアーティストとあまり変わらないのかなという印象があります。アーティストの自分が展示のための予算を取得して、キュレーターの方に一緒に展示をしないか声をかけた時に、キュレータフィーについての希望額を聞くと、そもそもキュレーターフィーが出ることを期待していなかったりすることがありました。そうした反応を見ると、まずはフリーキュレーターとして頑張って、ゆくゆくは組織に入りたいという人も多いでしょうし、フリーとしてだけでやっていこうとする人というのはやはり少ないのではないかと感じています。他の方は如何でしょうか。

湊茉莉(以下湊):
私の経験から申し上げますと、やはりキュレーターというの職業をお持ちの方の多くは常に何か仕事を探しているような状況のように感じます。十分な支払いも無いような仕事も多く、中にはアルバイトをずっと長くされていて、やっと仕事の契約にまでたどり着けたという、自分と同世代のキュレーターの方もいらっしゃいました。キュレーションのみで生計を立てている方は、やはり美術館の学芸員がほとんどであるというイメージがあります。

作田:
この辺りは国ごとに業界の構造の微妙な違いもあると思いますし、キュレーターという言葉の意味の範囲によっても異なってくると思うので、あまり深入りをしようとは思っていませんが、非対称性が出てくるのはやはり大きい組織や施設からの仕事を受ける際に多いのだろうなというのは理解できるので、それ以外の場合でも存在するのかというところでお伺いをした次第です。 他に今回のアンケート結果で気になった点や、取り扱いたいと思われた点はありますでしょうか。

吉澤先生:
先ほどのご発表の中で、今後の参考になりそうな未来に向けた提言があったのは非常に印象に残りました。例えば美大できちんとそういうことを教えるべきだとか、あとは美術学校、ユニオンで見積書の作成方法を教育する仕組みが必要ではないか、相談できる第三者機関などがあると心強い、このあたりは非常に参考になるご意見だなと思いました。

作田:
ありがとうございます。実はそうした部分に既に取り組んでいる機関もあり、そういう機関の周知や、様々な形での啓発活動も今後必要だと思っています。我々の活動に関心を持っていただいてる方に向けても、そうした情報に上手く接続していけるよう私たちも努力したいと考えています。

次に、海外の調査結果についても吉澤先生にご覧いただきましたが、そちらについてのご意見などはありますでしょうか。

吉澤先生:
海外の調査結果も非常に力作で、これをウェブサイトで普通に読むことができるのは非常にありがたいなと思いました。今後色々な人がこれらを読んで、様々なところに波及していくんだろうなと思いつつも、やはり人権や権利というものへの考え方が日本とは違うなとも感じました。権利というのはぼーっとしてると削られていくっていうことを、昨今の日本社会を生きてると痛感せざるを得ません。やはりそうした権利が削られないように声を上げ続ける必要があるなということを、海外事例の実績を見てまず考えました。それと同時に、日本も民主主義ではありますが、そのことを日常の中で意識する場所が選挙ぐらいしかないという弱さのようなものをとても感じました。私が行ったインタビュー調査でも、わがままとかそんなクレームは言えないといったことをおっしゃる方がいたのですが、クレームというのは正当な要求であって、これはどんどん声を上げていくということを習慣化しないと駄目なんだなと思いました。ただその声を上げた時のストレスやコストもよく分かっているので、簡単なことではないということも理解しています。デモやスタンディングを行うなどの意思表示は、海外では普通のことですが、日本でそれを普通のことにするにはどうしたらいいんだろうということも思いました。そして最も重要だなと思ったのは、他の国ではアーティストを保護する法律がしっかりあるという点です。ユネスコが1980年にアーティストの地位に関する勧告を出していまして、それをもとに各国が芸術家を保護する法律を作りましたが、その一方で先ほどのカナダの事例にもあったように、労働者性という言葉を使いながら、またこの労働運動の中で積み重ねてきた成果というものも使いながらしっかりとアーティストの権利を守ろうとしているという点にとても感銘を受けました。そしてそれは日本の参考になるなとも思いました。

作田:
ありがとうございます。実際に海外調査を担当されたメンバーから、他に何かございますか。

石塚真子(以下石塚):
先ほど選挙というワードがあったと思うのですが、スウェーデンの場合、投票率が非常に高く、平均でも優に80%を超えていて、我々自身も税率が高負担ではあるのですが、一旦中央にお金を集約し、それをどう分配するかを決める政府に対して、私たちが選んだ政府なのだからという信頼関係があります。昨年の日本の選挙投票率などを見ても、文句を言っている人は恐らく多いと思います。どれだけの人が投票に行ってるのか。「自分の一票だけだし」と思うのも駄目なんです。そういう人が集まると大きな数になります。またスウェーデンでは、選挙の前にどういう政府によって文化が支えられるかどうかが決まるというのがあるので、アーティストやアート業界の中でも、どういう生徒がどういうスタンスでいるのかについては多く話し合われることです。日本で政治という言葉を使うだけで拒否反応を起こす方もいると思いますが、そうではなく自分たちの生活や仕事を考えると、政治というものにも自分がつながっているというのがすごくわかると思うので、そういうことも考えて社会に参加し、社会で責任を取っていく、自分の責任を取っていくことも重要なのかなと思いました。

木原:
今のスウェーデンの話と繋がると思うのですが、公平性について思ったことがありまして、スウェーデンだと助成金や賞を出す時に、例えばAさんという人が審査員で、Aさんに関係のある人が応募を出してきたら自分で申告して抜けるらしく、それは徹底されていて普通のことだということでした。

石塚:
関係と聞くと、皆さん贔屓の方向で思われるかもしれないのですが、逆に嫌いな人を審査から落とすということもできるんですね。そのためどういう関係であっても、関係があるのであれば、それは個人的な関係だけではなくて、例えばどこかの研究機関や芸術機関のボード メンバーに入っているだけでも、そこで展示をしたことのあるアーティストの審査にはもう関われないですし、採択結果を公表する際にどの審査員がどの案件に関わっていないかも全て公表されるようになっています。

木原:
それがかなり今のお話に繋がって、公平性や民主主義の問題に関わるなと思いました。

作田:
そこの違いはオープンネスの部分も含め色々ありますね。ここも恐らく話が尽きないと思うので、一旦先に進ませていただければなと思います。次の質問として、今後どのようにガイドラインを作っていくかというお話です。どのような形が望ましいか、策定主体の話も併せてお願いいたします。

吉澤先生:
この流れで アートフォーオール もしくは ユニオンでごく短い 雛形 作ったらいいんじゃないかな っていう話をちょっと後のスライドで出てくるので一旦 じゃあちょっと

実際の運用と合わせて考えてみた時、他にどのような例があったのかについて調べてみました。最も近いのではないかなと思うのは、文化庁が2022年に出した、「文化芸術分野の舞台技術スタッフのための適正な契約関係構築に向けたガイドライン」です。このガイドラインは作成のための検討会議に様々な立場の委員の方が集まりました。このように、まずart for all かアーティスツユニオンで作った小さいものを、色んな立場の方や文化庁に声掛けをして、より汎用性の高いものにブラッシュアップするための検討会議を立ち上げる方法が良いのかなと思いました。先ほどのガイドラインの中には契約の雛形なども作られているので、こういったものをベースに、先ほど木原さんがご紹介されたライフサイクルの工程表なども含めながら美術分野に応用していく方法もあると思います。

次は少し別の角度からになります。これは国家資格のある建築士関連になるので少し比較しづらい部分もあるのかなと思うのですが、国土交通省のHPに建築士の業務報酬基準が変更された時の説明資料が公開されています。この中でどうやって報酬が決められ、改正されたのかを見た時、まず実態調査があり、それをもとに恐らく検討委員会が内容を検討しています。実態調査に関しては今回のアンケートの調査結果が使えると思いますので、ここから外に開いて実際に制度化していくためのスキルを持った人たちを巻き込んで委員会のような形にしていくのが良いのかなと思います。またもう一点参考になると思うのは、報酬の内訳を明確にすることで、ここでは細かい項目を追加して最終的な業務報酬額を算出する形になっています。もちろん全てがこれで説明できるとは思いませんが、これをもとに、それこそ先ほどのキュレーターの方々の話もこのように動かしていくことは可能なのかなと思いました。

そして3つ目、インダストリアルデザイン協会から出された契約と報酬のガイドラインです。これは少し古いのですが、1998年に初版、そして2006年に改訂版が出ました。これにも非常に多くの人が関わっており、契約書の雛形も掲載されています。雛形にはいくつものパターンがあり、アーティスト報酬ガイドラインの雛形を作るための材料は今回のアンケート調査の結果の中にもあると思いますので、これも利用できるかと思いました。

またガイドライン策定までの道のりですが、実現可能かどうかひとまず置いてお話させていただきますと、まず報酬の内訳を明示する、そしてガイドラインを運用するための仲間を作ること、例えば法律の専門家の皆さんとの連携などがそれに当たります。あとは現在各地に行政が主体となってアート関係の相談窓口ができていると思うのですが、例えば京都では『京都市文化芸術総合相談窓口 KACCO』があり、東京ではアーツカウンシルが相談窓口である『東京芸術文化相談センター アートノト』で確定申告の進め方やその他講座を開いています。そういった窓口との運用サポートのためのネットワークを構築することも重要かなと思いました。またアーティストに仕事を発注する側の人たちも一緒に巻き込んでやっていくことも非常に大事なのではと思います。やはりアートの仕事を発注する側と受注する側、両方いた方が話が早いと思います。

作田:
舞台芸術のガイドラインもそういう座組になっていましたね。

吉澤先生:
はい、あれもすごく参考になるんじゃないかなと思います。美術館関連団体であったり、あとは文化庁や、地方自治体単位だと少し難しいかもしれないですが、最初に小さくやってみるというところで言えば、先ほどお話いただいた沖縄のアーティストの方々の取り組みはある意味そうなのかなとも思いまして、専門家や他の立場の人を含めた検討委員会を作り、そこと組み合わせる方法もあるのかなと思いました。またそんな簡単なことではないと思うのですが、先ほど海外ではアーティストを守る法律があるというお話がありましたが、日本もそれに向けた動きが、あるといえばあります。例えばその日本芸能従事者協会の皆さんが昨年記者会見開いていましたが、芸能従事者保護法的なものを作っていこうという動きがあったり、もう一つはより広い対象のフリーランス保護新法が施行されていて、労働者性という観点からも、これまでよりは多少セーフティネットが作られつつあります。労働者という側面からの方法と、アーティストを守っていくというこの両方で動きが進められていくといいのかなと考えました。 私からは以上です。

作田:
ありがとうございます。 例えば検討委員会を作る場合、その事務局をどこに作るのかといった問題が実際のところはあるのかなと今のお話を聞いていてふと思いまして、舞台芸術の方は照明家などスタッフのための協会がまずあって、そこが事務局を引き受ける形で進んでいき、そしてその後様々な方がその検討委員会に参加したようです。もちろんその運営経費などは恐らく文化庁が委託事業という形をとって行われていると思うのですが、それに当たるような法人格のある団体が美術業界の中にあるかというと、残念ながら今はまだ無いのではないかと思っています。他の事例も含めて大変参考になりました。他のメンバーの方から、今の一連の方策についてコメントがありましたらお願いします。

湊:
私はフランスの海外調査を担当させていただいたのですが、その中で1979年から、フランスではアーティストたちによる労働組合が立ち上げられており、彼らの活動についての資料を見ると、その中心にあるのが造形芸術家のための国立労働組合という組織です。彼らが声を上げていく中で、造形芸術家国立センターという様々な芸術家の活動を支援している国立センターができまして、そこでは毎年2回ほど、芸術家の方が収入で困っている場合に書類申請をすると援助が受けられるシステムが成り立っていて、それは労働組合の中から メンバーが国立センターに働きかけ、検討されるという形で今は実際に支援が行われています。先ほどのお話にあった、芸術を支えるオーガナイザー側とアーティストの側との話し合いが可能なのかという点が実現されている例かと思い、ご紹介させていただきました。

作田:
急に一朝一夕には完成できなくても、実際に舞台芸術のガイドラインで行われたように、いくつかの主体が協力して、ある主体が初期のガイドラインを設定してそれに対して支援をしていくような方法は有効かなと思いますし、既に我々も文化庁にヒアリングをしていますが、あくまで業界のそれぞれのプレイヤーが主体になって作っていくものだと思いますので、そういった部分で他の方々とも話し合いやコミュニケーションをしていきたいと思いました。 他のメンバーの方で、吉澤先生に質問があればお願いします。

村上:
art for all のワーキンググループのメンバーとして悩ましいなと思うことがあります。現状として日本でこの報酬ガイドライン策定を行う可能性がある団体で、現在 art for all は任意団体ですが、将来的に法人化するような可能性もあるかもしれません。またここにいるメンバーの中にも何人か重複して活動しているアーティスツユニオンは労働組合という形態を取っており、設立当初からゆくゆくは報酬ガイドラインを定めないといけないよねということを言っています。海外の報酬ガイドライン実態調査の中では、諸外国と一口に言っても設立主体は様々で、フランスのように美術館が団体を作って基準を作っていることもあれば、カナダのように アーティストが団体を作って基準を出してるところもあります。一方ではドイツのように、 アーティストの労働組合が基準を出している国もあります。日本の場合、どういった形態が最も適しているのかという点が非常に悩ましいところで、私たちも労働組合を作ってみたものの、日本において報酬ガイドラインを作る場合、労働組合が訴える報酬ガイドラインの形態が果たして日本の土壌に合うのか、受け入れてもらえるのかということと、あるいは art for all やアーティスツユニオン、もしくは私たちの団体に類似するような芸術家団体など、そういった団体が手を組み複数の団体連盟という形で報酬ガイドラインを検討して、そしてそれを世に問うということもありうるのか。そのあたりのことについて、吉澤先生のご意見を伺えればと思うのですが如何でしょうか。

吉澤先生:
それは非常に難しい問題ですね。その類似する団体と連携する方向で考えた時に、既に具体的に連携相手としてイメージが浮かんでいるのでしょうか?

村上:
先日ヒアリングさせていただいた沖縄のヨルベさんですとか、他にも日本の各地方に現代美術活動を行っていて、なおかつこうした社会問題に対して関心を持っている団体の方がいらっしゃいますので、そういったところにお声がけさせていただくということは可能なのかなと思っています。

吉澤先生:
ありがとうございます。既にそういう団体がある状況なのであれば、その方法を探ることも有効かなと思う一方で、やはり組合というとどうしても日本ではストライキなどのイメージと結びつけられてしまうと思うのですが、それでも交渉のためにガイドラインを作ることは組合の動きとして非常に自然で、見え方としてもおかしくないので、ユニオンでもいいのかなとも思います。

木原:
私自身はアーティストではないですが、アーティスト側からの要求だけをまとめて世に出すだけでは、やはり効果は無いだろうと思っています。アートに関連した企画を作ったり、そのための予算を持っているところ、そういった人たちがどういう考えを持っているのか、やはり対話をしていかなければならないですし、ガイドライン自体は予算の基準が作られるという点で彼らにとっても メリットはあるわけで、それによって更に持続可能な芸術文化の世界が形作られるわけです。ある種の緊張関係も持ちながら、そういう意味での交渉もした方が良いのかなと思っています。

作田:
このガイドライン策定をどういうやり方でやっていくかというのは非常に重要なところで、例えば日本美術家連盟という団体は、美術家の代表として著作権の改正やその他について既に様々な形で他の分野の団体や消費者、メーカーとも意見を戦わせるようなことをされていて、我々のような団体がどのように繋がっていくのか、また別途連絡会を作るのか、そういったことも含め様々な可能性があるのかなと思います。今回吉澤先生にお話いただいたのは、様々な芸術団体アーティスト以外の芸術従事者の視点も含めた形でこのアンケートをどう見るかということでしたが、まずやはりそのひとつには、搾取と一言で簡単に言うのは憚られるところもありますが、アーティストたちがかなり苦しい状況に置かれてるという実態がこのアンケートで明らかになっているという点は言って良いと思います。またチャットの方でご紹介いただいておりますが、舞台芸術制作者オープンネットワーク OM-PAMさんが、そのステートメントと実態調査を文化庁に持って行ったことがきっかけとなり、その後団体の代表としてガイドライン作成のための検討委員に呼ばれるに至ったという経緯があります。このような形で、まず我々としての意見をまとめて文化庁に持って行き、その後必要になった段階で、文化庁で検討のための会議体を作る、あるいは委託事業をするなどといったことも考えられるのかなと思います。

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その後ワーキンググループのメンバーから、ご参加いただいた吉澤先生へ改めて感謝の言葉を述べ、最後の挨拶と次回のオンラインセミナーの予告を行いました。

art for all では引き続きアーティストやアートワーカーのためになる様々なイベントを企画しておりまして、例えば art for all の中で、アーティストやアートワーカーの中でどうやってコミュニティを作っていくのか、また例えば何かの掲示板や物々交換の場、アルバイトや設営の手伝い、素材の売買の場など、どういうコミュニティに興味があるか、あるいは今後の活動の中でどういうことを art for all にやってほしいか、更には自分が困ってることについての相談など、イベントの中で話し合いができればと思い、現在企画中です。今後ともどうぞよろしくお願いします。art for all の X や Facebook 及びメール ニュース、またホームページもありますので是非チェックしてみてください。

 

酒井志紋
修行僧/宝飾品・アートディーラー 1988年生。同志社大学文学部美学芸術学科卒業。2011年、株式会社毎日オークション入社。10年にわたり美術品や宝飾品の出品・落札に関わる営業として、国内及び中華圏の顧客を担当する。現在はその経験を生かし、仏僧修行の傍ら、美術品・宝石売買の仲介及びアドバイザリー業務を行う。