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SERIES|世界のアーティストフィーから学ぶ|③スウェーデンにおけるアーティストの経済事情とそれにまつわる公的制度

Text by 石塚まこ

調査・資料作成

2023.12.21

 

美術分野の活動発表における報酬のあり方についてより適正な形を実現していくため、art for allではアーティストの報酬ガイドラインの策定を目指しています。そのため、報酬および経費の支払われ方について実態の把握を目的に「アーティストの報酬に関するアンケート」を実施するとともに、海外事例の調査と既存のガイドラインの翻訳も進めています。世界においてアーティストの報酬はどのような実態にあるのか? 今回は石塚まこさんによるスウェーデンの調査結果を報告します。(art for all)

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◉スウェーデンにおけるアーティストの経済事情とそれにまつわる公的制度

北欧のスカンジナビア半島に位置するスウェーデン。1814年から中立国[1]として戦争に加わることなく平和を維持し、経済も成長。国と国民との強い信頼関係と、平等と協調という価値観のもと、大きな国民負担で行き届いた社会福祉の実現を試みてきた。年間1万8千円を超えれば医療費は無料、両親休暇[2]中のパパたちがベビーカーを押しながら公園を散歩し、家庭の生ゴミから生成されたバイオガスで市バスが走る。世界からはモデル国家のように見られることも少なくはない。

ここでは、そんなスウェーデンを拠点に活動するアーティストのキャリアの流れに沿った社会・経済事情、そしてそれらにまつわる公的制度を中心にレポートしたい。
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[1] ロシア・ウクライナ戦争を機にスウェーデンはNATOへの加盟を申請。2023年12月末までに加盟が実現する見通しで、中立国としての歴史を閉じることになる。
[2] 出産・育児休暇に相当。子供1人につき480日。

◉マイナスからのスタート

スウェーデンの美術高等教育は学士・修士の5年制。高校の美術コースを卒業後に準備学校で1、2年修学した後、美術大学を受験、数年浪人した末に入学し、卒業時に30代というのも一般的。美術以外の領域を勉強してから、または社会経験を経てからアーティストへの道を目指すものも多く、プロの美術作家になるまでの準備期間は比較的長い。

すべての人が教育を受ける権利を持つべきとの考え方から学費は無料で、高い家賃や生活費を賄うために給付と貸与(有利子)で構成される就学支援金制度がある。給付(年間約17万円[3])のみの選択も可能だが、貸与(年間約160万円)とセットで受給する学生が7、8割に及ぶ。その結果、何百万円もの負債を抱えて美術作家としてのキャリアを始めることにもなりうる。
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[3] 本レポートでは、1スウェーデンクローネ=14円で換算。

◉個人事業主としてのアーティストとその報酬

スウェーデンの社会保障制度は、雇用されているか自営業かに関わらずすべての国民を対象としている。美術作家として継続的に活動して収入を得る場合、税務署に個人事業主として登録し、会計管理、各種税金や手数料、社会保険料などの支払いを行う必要がある。所得税は最低で約30%、社会保険料は利益の約30%。消費税に相当する付加価値税は25%だが、美術作家への優遇措置として作家自身による作品販売は税率が12%になる。ちなみに私が在籍した大学院では、上記のような個人事業主に必要な経済・会計知識を学ぶ必修のコースが設けられていた。

スウェーデンには全業種共通の法定最低賃金制度はないものの、一般的に各業種別の労働組合の強い働きかけによって公平に保たれている。美術分野においては2009年、芸術家協会(KRO)[4]を含む4つの芸術家団体と政府との間で、美術作家の展示報酬に関する協定(MU-avtalet)[5]が締結された。経歴や年齢などにかかわらず主催者の規模、展示期間および展示参加者数によって区分された報酬の基準額を提示したもので、芸術家協会はこの他にも、美術作家のさまざまな活動(作業、イベント、レッスン、審査など)への基本報酬額も設定、提示している。
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[4] 正式名称は Konstnärernas Riksorganisation。1937年設立。2016年には工芸・工業デザイナー協会と組織を統合。現在の会員数は約3400人。
[5] MU協定 2021年度英語版

芸術家の展示活動に関しては、次の三種の報酬が存在する。
①一般陳列報酬(Allmän visningsersättning)は、政府や美術館などの公共機関に所有されている芸術に対しての補償として政府が支給する補助金で、その額は政府により決定されるもので、その時々の政府の文化への関心度がうかがえ、近年は毎年ほぼ一定。この補助金は芸術家評議会(芸術家のサポートに特化した行政機関。のちに詳しく述べる)内の視覚芸術家基金に支払われ、助成などのかたちで芸術家に還元される。図書館での書籍貸出に対して作家に報酬が支払われる、作家基金のシステムを基にしている。
②個人陳列報酬(Individuell visningsersättning)は、美術館に収蔵されている作品や公共芸術に対して支払われるもので、譲渡された作品が公開される際に芸術家に報酬を請求する権利がないことに対する補償。芸術家の著作権に関する経済団体(BUS)[6]は芸術家から作品販売の報告を受け、作品の販売価格と展示環境に基づいて算出された報酬額を毎年12月に各芸術家に支払う。楽曲がラジオなどで放送された際に音楽家に報酬を支払う、作曲・演奏家協会のシステムを基にしている。
③そして展示報酬(Utställningsersättning)は、展示報酬に関する芸術家団体と政府との間の協定MU-avtaletに沿い、主催者から展示に参加する芸術家に対して支払われるもの。ただし法的拘束力がないこともあり、残念ながらすべての文化芸術機関がこの協定に沿って報酬を芸術家に支払っているわけではない。
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[6] 正式名称は Bildupphovsrätt i Sverige。芸術家協会によって1989年に設立。現在9000人以上の芸術家を代表。

◉アーティストの社会経済的状況

2009年から2011年に初めて行われた芸術家の経済、社会的状況(非芸術活動の収入や助成も含む)に関する調査および2016年に発表された追跡調査[7]は、アンケートでなくスウェーデン政府統計局のデータに基づいており、20から66歳のプロの芸術家(約30000人。うち視覚美術作家、写真家、工芸家、デザイナー、イラストレーターを含む美術領域は約12500人)を対象としたもので、視覚美術作家の窮状が明らかになった。以下の内容は特記のあるものをのぞきこの調査報告に基づく。
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[7] Konstnärsnämnden, Konstnärernas demografi, inkomster och sociala villkor, 2016年(芸術家評議会「アーティストの人口統計、収入、社会情勢」)

まず、追跡調査以前の10年間で一般人口の収入が18%増加したのに対し、芸術家の収入は4%のみ。芸術分野内でも職種と領域で大きな収入格差があり、工芸家はこの10年間で収入の中央値が20%増加。経済的に最も弱いのは視覚美術作家で、芸術活動のみで収入を得ている人は12%にすぎず、バイトなどの雇用から収入を得る人が増加傾向にあり、また低収入にもかかわらず失業手当などの受給は10年で30%から12%に激減。これは労働市場の改善ではなく、失業保険制度が改定されて保険の加入資格が厳しくなったことに起因する。


同調査によると芸術家の教育レベルは一般人口よりも高く、親の教育レベルも著しく高い。長期にわたる教育はその後の高収入につながるのが一般的だが、芸術家は例外で、収入の中央値が小卒人口の収入をわずかに上回る程度しかない。一方で芸術家の収入状況を見ると資産収入の割合がかなり大きい。

調査報告は「芸術家として生計を立てることは可能」と結論づけているが、そもそも社会経済的背景が弱い者には芸術家になる選択肢はなく、多くの芸術家はその個人の持つ強い社会経済的背景に頼っている、さもなくば困窮を静かに耐えているというのであれば、労働形態、報酬や制度を改善せずには文化芸術の発展はおろか持続さえも危ぶまれる。


◉「定年後」のアーティスト

芸術家は多くの場合、高齢になってもプロとして活動を継続する。現役芸術家人口の年齢構成を見ても、特に美術分野は他の芸術分野に比べて30歳未満の割合が極端に少なく、逆に高齢者の割合は多く、3人に1人が60歳以上。芸術家の老後に関する調査[8]によると、対象(67歳以上)の半数強は年金収入以外に別の収入がある一方で、それまでの芸術家生活で得た合計収入は一般に比べて著しく低い。以前とは異なり、現行の年金制度は長い労働期間と追加の職業年金に基づく。労働形態として雇用が減少し、個人事業活動も増加して年金積立の責任が個人に移っており、また就学とキャリア形成期間も長いため、芸術家は将来的に年金収入が大幅に減少するリスクが指摘されている。
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[8] Konstnärsnämnden, Konstnärerna och deras villkor som pensionärer, 2020年(芸術家評議会「アーティストとその年金受給者としての状況」)

◉アーティストのための行政機関(エージェンシー)

2023年、EUは加盟国の専門家による報告[9]を発表し、芸術家や文化・創造の専門家の労働条件の改善を勧告した。スウェーデンの状況については、一般の社会保障があり、多くの他の加盟国とは異なり芸術家の地位や社会保障に関して政府として特定の制度を設けていないものの、場合によっては芸術家を対象とした特別な解決策も存在しているとした。
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[9] European Union, The Status and Working Conditions of Artists and Cultural and Creative Professionals, 2023年(欧州連合「アーティストおよび文化的および創造的な専門家の地位と労働条件」)

1976年に設立された芸術家評議会(Konstnärsnämnden)は上に述べたような芸術家の経済的・社会的状況を監視・サポートする任務を負った行政機関で、文化省の管轄下にあるが、いわゆる「アームズ・レングス原則」により政治的独立性・専門性・芸術の自由が意図されている。芸術家に対しての助成だけでなく、芸術家の社会・経済的状況、文化政策の問題などの調査報告、芸術家の視点からアーティストの労働条件などについて政府への提案、他の当局との対話なども担う。美術(工芸、デザイン、イラストレーションを含む)、音楽、演劇・映画、ダンス・サーカスの四領域をカバーし、助成対象者はスウェーデン在住もしくはスウェーデンを芸術活動の主な場所とする個人のフリーランスの芸術家で、選考基準は芸術的水準と経済的状況で、マイナンバーに相当する個人番号による電子認証システムを利用したデジタル申請が基本だ。


芸術家評議会による公共環境の芸術デザインに関する調査報告。芸術家評議会はアーティストに対する助成給付と共に、助成と税金、社会保障制度に関する芸術家のためのガイドブックなどの出版、アーティストの心理・物理的労働環境、デジタル化や社会保障における年齢制限の変更がアーティストに与える影響などの各種調査、失業保険制度の改訂など政府への提案など、アーティストを支えるためのさまざまな任務を担う。(写真:Konstnärsnämnden)

美術領域の助成は芸術家評議会内の視覚芸術家基金(Bildkonstnärsfonden)が意思決定を担当している。視覚芸術家基金の委員会は推薦や公募により選出された現役の作家や専門家13名(美術作家、写真家、デザイナー、工芸家、学芸員など多様)で構成され、任期は3年。助成申請一件につき委員3名が審査に関わり、贔屓や嫌がらせを避けるために申請者との関連が指摘される委員は審査から外れ、選考結果公表の際には各委員が選考に関与しなかった案件も公示するなど、公平性の担保を重要視している。

美術領域の助成には、作家が芸術活動を追求し深める機会を与える活動助成(年間約160万円、複数年・複数回受給可能)の他に、若手作家の生活安定とキャリア形成をサポートするアシスタント助成(自身の活動と並行して経験豊富な作家の助手として働くことを条件に支給)、個人の予算では実現の難しい企画を支援するプロジェクト助成(申請金額に上限なし、作家自身の給料も予算に含むことが可能)などがある。

これらの助成は限られた作家だけのものではなく、たとえば2022年の美術領域の活動助成の場合、2324件の申請に対してその3割に授与され、また支給数もコロナ禍前に比べて3.5倍に増えている。また、委員会は常にさまざまな芸術形式、年齢、性別、地理において多様性のある支援に努めている。

◉多様なアーティストの交流

スウェーデンでは2011年の法律変更により、欧州経済領域およびスイス以外の国の学生から授業料(年間400万円以上)を徴収することとなり、その結果教育機関は以前より国際性を失った。スウェーデンは欧州の中でも辺境にあり、多様性と躍動をもたらす国際化は美術界発展のための鍵ともいえる。

芸術家評議会において美術領域の国際化を担うプログラムがIASPIS[10]だ。国内および海外各地のレジデンス、専門家訪問、イベント、出版などを運営。国際交流助成も授与しており、海外での制作、発表、交流だけでなく、協働したい国外アーティスト招聘のための助成も申請可能で、様々な規模の多様な交流をサポート。締め切りは年に4回あり、直前に招待を受けた展示やレジデンスのための助成申請もしやすい。
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[10] 1996年設立。過去のディレクターにダニエル・バーンバウム、マリア・リンドなど。


芸術家評議会のオフィスと同じフロアにはIASPISレジデンスのスタジオがあり、その廊下の壁には滞在した芸術家たちの作品が飾られている。年に2回のオープンスタジオに加え、セミナーやトークなどのイベントも年中を通して開催されるので訪問する機会も多い。(写真:Jean-Baptiste Béranger)

◉コロナ禍とアーティストの存続

コロナ禍に際し、芸術家評議会は2020年から2022年春にかけて芸術家に危機補助金を給付した。2020年5月の募集ではパンデミックにより失われた収入を補うことを目的とし、書面による合意などで損失を証明できた芸術家を支援。ただ、視覚芸術作家の多くは販売により収入を得ており、また口頭での合意が一般的であるため収入の損失証明が難しく、この制度では救済されなかった。2020年秋の募集では特定の収入損失補償でなく、通常どおり申請者の芸術的水準と経済的状況を重視し、申請者の93%に支給。2021年春の募集も同様の制度で申請者の86%に支給、その後の追加支援予算の分配で助成基準を満たす者全員への給付が可能となった。調査では危機的状況にあってもこの補助金により多くが芸術家としてとどまることができたとしている。[11]
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[11] Konstnärsnämnden, Konstnärsnämndens krisstöd till konstnärer 2021, 2022年(芸術家評議会「芸術家評議会によるアーティストの危機支援 2021」)

また、2021年には芸術家評議会と同じく文化省管轄下の行政機関である公共美術協議会(Statens Konstråd)がコロナ禍における生活支援として、約3億4千万円を投じて美術作家たちから作品を購入。それら収集された作品はコロナ・コレクションとしてスウェーデン各地の芸術文化施設で展示されるに至っている。

2023年春、政府は芸術家の報酬を得る条件の強化のため展覧会報酬に関する協定の改訂を命じ、2024年には新たに芸術家評議会による芸術家の社会経済的状況の追跡調査報告が予定されている。その一方で2023年夏、政府は遅くとも2026年1月1日までに芸術家評議会と文化評議会(Kulturrådet)を統合することを発表したが、この統合により政治上、芸術家の視点が弱体化するのではないかと危惧されている。[12]
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[12] 2024年予算案の中で政府は国民が税金に対してより良い価値を得られるようにするための措置が提案され、当局の数を減らす取り組みが始まった。2023年9月20日、文化評議会との統合に関して、芸術家評議会は委員会の見解を示す声明を発表。

◉展示報酬ガイドラインの運用 「最低額」と複数の基準

ここからは、報酬に関わる私自身の体験を共有したい。

スウェーデンでの展示報酬に関するガイドラインであるMU-avtal 協定では、適正な展示報酬算出のために会場の規模、展示期間および展示参加作家数ごとの基本額が提示されるとともに、会場の規模や展示期間に関係なく設定された展示報酬の最低額も提示されている。そのためか、公立美術機関での長期展示や隔年開催の大規模なイベントへの参加であっても、この最低額の展示報酬のみが支払われる場合もあった。

また、国際的な知名度を誇るスウェーデンの大学の社会学研究科から国際シンポジウムのために大がかりな新作を依頼されたことがあったが、報酬として提示されたのは数万円程度。教育研究機関のガイドラインに従ったもので、基調講演者への謝礼と同額との説明があった。提示された額では、新作制作どころか設営作業さえ賄うことは難しい。所属先の教育研究機関から活動に対して一定の報酬を得る研究者とは違い、私自身はプロジェクトごとに収入を得る個人事業主で、同じ報酬体系を適用されるのには違和感を感じた。シンポジウムのテーマ自体にはとても関心があったため参加したい気持ちもあったが、美術関係者からの「悪しき前例を作ってはいけない」とのアドバイスもあり断念した。多分野、多業種間のコラボレーションが増える中、このように視覚芸術分野のガイドラインが効力を発揮しなかったケースは他にも何度か経験した。

これらの残念なケースの一方で、プロジェクトに対して作家が必要とする費用と報酬を事前に聞き取りするなどして作家の事情・状況を認識し、報酬や活動環境を整備したり、事業後や年末に予算が残っているのが判明した際に報酬や制作費などを増額、追加支給した主催者がいるのも事実。そういった文化芸術や社会におけるエコロジーに心を遣う主催者たちとのご縁はその後も続き、互いの活動を支え合い、再び協働する関係を育むにいたっている。


◉公共芸術プロジェクト 1%のコト

スウェーデンでは公共建築を新、増、改築する際に予算の1%を芸術創作にあてる規則があり、これは多くの芸術家にその建築物もしくは公共空間を舞台に作品を実現し、収入を得る機会を与えている。私が初めて手がけた公共芸術プロジェクトは、2010年にストックホルム・コンスト(ストックホルム市の公共芸術部門)から依頼を受けたものでGrundskolan(日本の小中学校に相当)を舞台に関係性のプロジェクトを展開した。


関係性のプロジェクト『Meeting You at the Table(食卓で会いましょう)』(2010-2011年)。誰かをご飯に招待するとしたら、誰を招いて、どんなご飯を用意して、どんなテーブルでおもてなしする?との問いに応えて、協働者である生徒7名が各自、家族やペット、アイドルや架空の人物を招待客に選び、招待客のことを思いながらメニューを考え、食卓をしつらえるプロジェクト。各自のテーブルセッティングの写真をテーブルの天板に印刷し、学内の食堂に設置。お披露目では生徒とその家族友人、関係者が一堂に会し、そのテーブルを囲んでお祝いした。各生徒のしつらえのコンセプトやスケッチ、お披露目の様子も含めたプロジェクトの過程は、後に制作した小冊子に収録。写真はお披露目での風景。

公共芸術事業では、まず設置予定の建築物・公共空間の文脈と関係者の意向を踏まえて企画提案をするが、採用不採用に関わらず企画提案を依頼されてそれに応じた芸術家全員に報酬が支払われる。企画が関係者に承認された芸術家は、事業着手前に3分の2程度、事業完成後に事業予算の残額を受け取る。ストックホルム・コンストの芸術プロジェクトリーダーとは企画提案依頼から事業完成までの2年弱の間プロセスを共にしたが、経験豊富で複数の異なる立場の視点を把握している彼女に予算(アーティストフィーや進行管理費など)について率直に相談、助言を得ることができたのは個人事業主としては心強かった。

公共芸術事業としてはかなり少ない予算だったため、創意工夫とさまざまな人の心あたたかい協力が不可欠の事業となったが、ストックホルム・コンストがそれまでに手がけたことのなかった[13]関係性のプロジェクトを創造的自由の下に試行することができたのは、その予算規模に拠るところも大きかったのかもしれない。結果としてこのプロジェクトはパイロット事業となり、ストックホルム・コンストがその後も関係性をともなう公共芸術プロジェクトを手がけてゆくきっかけになるとともに、私自身も新たに大規模な公共芸術事業を依頼されるに至った。
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[13] 以前はペインティング、彫刻などモノのみが公共芸術作品として収集、依頼されていた。


◉助成とレジデンス 経済的支援と有機的成長

芸術家評議会において国際交流を担うIASPISは海外のいくつかのレジデンス機関と提携しており、2019年には南アフリカ・ヨハネスブルクのバッグ・ファクトリーでの滞在制作の機会を得た。二ヶ月の滞在で、スタジオと住居は受け入れ先が用意し、IASPISから支給された予算で旅費や保険、生活費などを賄う。受け入れ先も制作に関連する予算を用意してくれていた。

バッグ・ファクトリーには17のアーティストスタジオがあり、現地アーティストに加え、海外提携先から受け入れたアーティストやキュレーターが活動する。外国人差別の暴動が勃発する中での滞在ではあったが、スタジオのアーティスト仲間に恵まれ、彼らと日々交流し、対話を重ねる中でプロジェクトを展開するだけでなく、版画工房の技術者たちとの協働、アウトリーチ事業の一環として地元小学校でのワークショップ実施など、新しい挑戦の機会も享受した。


『Graphic Movements(文字の動き)』(2019-2020年) は、南アフリカで体験した人種間の摩擦や外国人差別への応答として始まり、ひとは他者を通して存在するというアフリカの世界観「ウブントゥ」と、漢字の「人」は二人の人間が支え合う様子ととらえた日本人の美しい誤解を、単純な体操で文字通り体現する試み。象形文字としての漢字を紹介した後、2人一組で背中合わせに立ち、互いに寄りかかり支え合いながら座り、立つというワークショップを家庭、学校、職場の三つの社会で実施。その記録映像を用いてインスタレーションを制作。写真はヨハネスブルクの小学校でのワークショップ風景。

レジデンス後のIASPISへの報告では、プロジェクトの展開、経験と学び、その機会への感謝を伝えるとともに滞在期間、予算や住居の問題点[14]を指摘し、変更を提案。翌年度の派遣プログラムからはすべての点において改善されている。
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[14] それなりの成果を得るためには二ヶ月はやや短く(ビザ無しでの滞在は最長三ヶ月可能)、予算は前年からの大きな物価高を反映しておらず、手配されたコンドミニアムには台所がなかった。

レジデンスから2年以上経ったが南アフリカで出会った人々との交流は続いており、現地で実施したワークショップの記録は新たにインスタレーション作品としてTOKAS本郷やアーツ前橋、北欧芸術家協会(ストックホルム)で展示された後、現在[15]はジンバブエ国立美術館のグループ展に出品されている。展示関連のパブリックプログラムとしてワークショップを行うためにジンバブエを近日訪問予定だが、この旅はIASPISの国際交流助成によって実現される。芸術家評議会の継続的な支援の例と言えるだろう。
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[15] 2023年12月

芸術家の仕事の80%は事務、とスウェーデンの先輩アーティストが発言したことがある。冗談半分だったのかもしれないが、展示などから得られる報酬は芸術家として生活し、活動を展開するにあたって十分ではなく、助成などで補わなくてはならないのが現状だ。さまざまな機会や助成への応募申請作業を通して自身の活動を振り返り、今後を展望する機会を得ることができ、また美術関係者に展示とは異なる形で活動を知ってもらえる機会になると意義を感じる反面、活動が助成に左右されていないともいえず、また創造的な作業により多くの時間と労力を費やしたいという気持ちも強い。

◉社会とアーティストの未来

芸術家評議会は危機支援に関する報告書の中で、他の芸術家が経済的支援を受けられる余地を残すために複数回の申請を控えた人もいたことに触れている。まずは全員が持っているお金を出し合い、そこに暮らす大半の人々が選んだ[16]政府が、必要とする人にそのお金を分配する。ユートピアを目指したスウェーデンの社会制度を支えた価値観の現れであり、芸術家もそのエコロジーに参加し、芸術や芸術活動もこの思想とシステムの上で成立してきていたといえる。
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[16] スウェーデンの選挙投票率は世代に関係なく8割以上。

スウェーデンにもネオリベラルの波が押し寄せ、平等と協調で理想的な社会を実現しようとする姿勢への共感者が減り、格差がどんどんと開いていく中、芸術家の社会経済的現状を明らかにしたコロナ禍やEUの報告を契機に、報酬、社会保障や支援などの様々な面において芸術家の生活と活動持続のための大きな改革が行われることを期待している。

このレポートを執筆するにあたり、芸術家評議会の助成事業活動主事のルイーズ・ダールグレン氏、IASPISのプログラムコーディネーターのアニカ・ビョルクマン氏、視覚芸術家基金およびIASPISの意思決定委員会委員長で芸術家のマッツ・ライダースタム氏にご協力いただいた。ここに感謝の意を表したい。

 

 

石塚まこ

日本で総合文化(思想・文化・社会学)を、ヨーロッパで自由美術を学ぶ。ルンド大学芸術学部 マルメ・アート・アカデミー修了。ポーラ美術振興財団、野村財団、文化庁の助成を得てスウェーデンに滞在。海外美術機関での研究や、Capacete(ブラジル)やRupert(リトアニア)などのレジデンス参加のためさまざまな社会でよそ者として暮らした経験と想像力を足がかりに、インスタレーション、ドローイング、パフォーマンス、社会プロジェクト、随筆など多様な表現形式をとりながら、日常と世界の交叉点に見えてくる隔たりへの介入を試みる。

近年の活動発表に、「愛、そしてその他の意志ある行為」国立美術館(ジンバブエ)、リガ国際文学フェスティバル(ラトヴィア)、「文字の動きと言葉の行為」バッグ・ファクトリー(南アフリカ)、「所作の敷衍」クンストハレ・エクスナーガッセ(オーストリア)、「グローバリゼーションの中の不和」国立社会科学高等研究院(フランス)、「MOTサテライト むすぶ風景」東京都現代美術館、「自由研究とルビンの壺」ユトレヒト、「Art Meets 03 石塚まこ/康(吉田)夏奈」アーツ前橋、ヴェネチア国際建築ビエンナーレ(イタリア)など。

2022年よりart for all報酬ガイドラインを考えるワーキンググループのメンバーとしても活動している。