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アーティストをはじめとした芸術従事者はどうやって生活をしているのだろうか。狭く閉じられた「アート業界」の外にいる人々にとっては、不可思議で魅力的な作品と同様、彼女彼らの生活の実態には霞がかかっている。アーティストの報酬ガイドラインの策定をアーティストらと共に目指す筆者は、芸術作品がどのように生まれ、どのように発表され、社会で流通していくのかーーー芸術作品のライフサイクルを知ることで、芸術従事者の活動と生活の実態を伺い知ることができるのではないかと考えている。作品とアーティストのライフサイクルを調査し、彼女彼らのリアルな声を聞いた先に、協同組合という新しい連帯の可能性を見い出した。筆者自身が四半世紀にわたって芸術の現場で仲間たちと悪戦苦闘してきた経験が本エッセイの種となっている。
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1、
「アートには社会を変える力がある」といわれることがある。この言葉に出くわすときは、およそ肯定的に使われていることが多く、なぜ芸術作品を社会に発信するのか、なぜこの作品を選んで展示するのか、という問いへの一つの答えにもなっている。「社会を変える」ことを芸術活動の目的にすると難儀なことになるけれど、「アートには社会を変える力がある」と信じて活動することは大切なことである。しかし壁や床、机や人に向かってしこしこと地味な仕事をしていると、社会を変える力があるなどと自分ではなかなか考えられないものだ。
[1] 本エッセイは、拙論「芸術従事者の協同組合モデル–––現代美術における芸術従事者の活動環境に資する連帯」の文章を使いながら、新しい文章を加えて構成した。拙論は以下で読むことができる。https://note.com/susumususumu/n/n499d9d23b43b
歴史を振り返れば、確かにそういうこともある。ピカソが戦車に施されたカモフラージュを見て「あれは僕がつくったものだ」と語ったという話は有名であるし、チェコスロバキアの無血革命「ビロード革命(Velvet Revolution)」は、ヴェルベット・アンダーグラウンドの影響があったという。とはいえ、今日も生み出されている多くの芸術作品にはそのようなエピソードはついてこない。それらは、農家が育てるナスや職人が縫製するシャツと同じようにつくられ、社会に流通して人々に受容されるものである。同時に、ナスやシャツが一人一人の暮らしや身体、人生に栄養や快適さを与えていくように、芸術作品も社会に影響を与えていくだろう。
アーティストをはじめ芸術に関わっている人たちは、特別に偉いわけでもなんでもないが、パレスチナやイスラエルで好まれるババガヌーシュを美味しく作れるナス農家と肌荒れしない暖かなシャツを作り出す職人が称賛されるように、尊敬されても良い。「アート」なんて食べられないし寒さを凌げないので、そもそもなんであるのかわからないので尊敬されないかもしれない(場合によっては貶される)。けれども町を歩けば、公園の森や建物のエントランス、レストランの壁には芸術作品が展示されているし、電車や駅では美術展の広告を目にする。身近なものでも、たとえばホーローの鍋は料理をする人は重宝するしその美しい表面を知っているが、料理をしない人にとっては関係のない代物だ。けれども自分に関係あるないに関わらず、ホーロー鍋の存在を否定することはないだろう。アートもお鍋のように世の中に溢れるているが、無下にすることはないし、人々や世界に何らか作用する。(ホーローの良し悪し同様、アートの良し悪しも真剣に問われるべきではある。)
「アート」に関わる人が社会を変えるかはともかく、より良く生きていくために仕事をして、他の職業と同じように社会を取りまわしている。しかしながら他の職業と比べて何をしているかが世間の人にいまいち知られていない。秘教的に語った方が都合が良いのも理解はできるが(芸術が奥深いことに間違いはない)、そのおかげで2024年になってもアーティストは仙人のように霞を食べていると思われている節がある。「霞を食べる」はもちろん比喩表現だが、アーティストたちが芸術活動で手に入れる報酬について調査をしたら、あながち比喩とも言い切れないと思い始めた。アーティストが本当に霞を栄養にして生きているわけではなくて、作品を作ったり、展示したりする芸術の仕事への報酬が少ないので、それだけでは暮らしがままならないということがはっきりとわかってきたのである(芸術にしがみついている人々は大昔から知っている)。ちなみに気象庁の質問コーナーによれば、霞は「空気中に小さなちりやけむりのつぶなどがたくさん浮かんでいて、白っぽく見えること」とあり、栄養がない以前に口に入れられるモノですらなかった。
2、
芸術作品は天から何かが舞い降りてきて、何もないところから一夜にして出来上がるとどこかで信じられているのかもしれない。身近に芸術に関わる人がいないから、どうやって芸術作品が作られているかわからないということは理解できるし、家族にアーティストがいたとしてもなかなか発表、販売までの過程を逐一知る人は少ないだろう。知られていないから芸術に関わっている人を、作品を作っている人を過剰に特別視してしまうのも無理はない。
現在の日本では多くの場合、アーティストをふくめた芸術従事者は、組織に所属せずフリーランス、個人事業主として芸術の仕事をしている 。しかし彼ら彼女たちは芸術の仕事–––フリーランスの仕事だけでは収入が足りないため、芸術活動と生活を維持するために副業(多くは非正規雇用と考えられる)を持っている。2014年に美術館学芸員によって行われた「アーティストのサバイバル 第一回実態調査」では対象者の8割以上[2]が、2022年に筆者も含めた芸術従事者らとともに行った「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート調査」でも6割が副業を持っていた[3]。その原因として、作品販売の難しさ、展覧会やアートプロジェクトなどにおける少ない報酬、美術館やコマーシャルギャラリーなどの発注事業者との不明瞭な契約関係があげられる 。2022年のアンケート調査の回答者からは、「無報酬での依頼をなくしてほしい」「100万円近い費用を立て替えた」「依頼されなくなることを恐れて少ない報酬を受け入れてしまう構造がある」など、厳しい状況を示す声も寄せられた。
[2] 山本和弘「厚生芸術の基礎研究」科学研究費助成事業 研究成果報告書,2015年
[3] art for all「美術分野における報酬ガイドライン」を考えるワーキンググループ(川久保ジョイ、村上華子、湊茉莉、木原進、作田知樹、橋本聡)「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート調査結果」2022年
アンケート調査を行ったart for all「美術分野における報酬ガイドライン」を考えるワーキンググループでは、報酬ガイドラインを策定するべく、各国ガイドラインの翻訳や報酬状況の調査を行っている。1968年に策定されたカナダのCARFAC-RAAV(Canadian Artists’ Representation/Le Front des artistes canadiens -Le Regroupement des artistes en arts visuals du Québec)による報酬ガイドラインは、その先駆けとして各国で参照されており大変興味深い。村上華子さんによる抄訳は読み応えがあるが、原本はA4にして120ページを超えるという。多様な作品形態、アーティストの芸術活動の実際とともに業界の仕組み、関連する法律や制度にしっかりと即したものになっており、毎年更新しながら運用されている。
CARFAC-RAAVのガイドラインの中で注目したのはガイドライン策定の一つのポイントとなる「アーティスト・フィー」について、その根拠を著作権に求めていることである。「著作権使用料=アーティスト・フィー」という明快な考え方は、日本の報酬ガイドライン策定に際しても検討に値するだろう。私一人でアーティスト・フィーの規定と著作権使用料の関係について論じるのは荷が重いので別の機会に回して、ここではアーティスト・フィー以外のコスト–––作品の制作と流通の過程に関わるコストについて考えてみよう。これらが示されれば外堀が埋まって、アーティスト・フィーの輪郭が浮かび上がるだろう。
芸術作品が生まれて育っていく過程–––制作から発表、流通までのライフサイクルを順を追って書き出してみた。芸術作品の出現は謎めいたものではなく、農作物や工業製品と同じように材料と人、時間とコストがかかることがわかる。柱を立てずに屋根を架けることはできないのである(屋上屋を架すことはあるけれども)。
アーティストにとっては自明な芸術作品の制作と流通の過程を明らかにして社会に発信していけば、芸術は深遠だが身近なものになっていく。アーティストと協働する芸術従事者–––学芸員やキュレーター、ギャラリスト、アート・コーディネーター、研究者、批評家など–––や仕事を発注する人たちにとっても芸術活動にかかるコストがわかって安心である。
表の横軸は準備、制作から完成、展示、保管(もしくは廃棄)までの推移を、縦軸は各タームに必要な資源やバックオフィス業務である。絵画、彫刻、映像作品等、作品の形態を問わずおおよそこのサイクルを辿っていく。
何かをつくり出すためには芸術作品に限らず①準備が必要である。アーティストたちは作品をつくるために研究し調査する。仕事場で考え、リサーチ取材のために様々な場所を訪れ、人に会い、計画を練り、図書館に通い文献を読む。そうして作品のテーマを見い出し、コンセプトを構築し、制作に必要な材料や道具を探し、買い集め(時には材料も道具も作り)、実際に作品の②制作へと入っていく。
絵を描くためには、絵具(油絵具、アクリル絵具、岩絵具、展色材…)、支持体となるキャンバス(綿布、張り器、ガンタッカー…)と木枠や、それに代わるものが必要であり、筆、パレットナイフなどの道具を用意しなければならない。ブロンズ彫刻を作るのであれば、塑像のための粘土、粘土を支える心棒、石膏、鋳造のための道具と材料などだろう。映像作品であればカメラ、音響機材を手に入れ、撮影対象をあちこち探しまわり、出演者が必要になるかもしれない。そしてどのような作品を制作するにしても場所が必要である。
芸術作品はアーティストが最初から最後まで一人でつくるものと何となく思われているかもしれないが、一つの作品をつくる場合でも、アーティスト以外の複数の人が関わっていることも少なくない(複数のアーティストで構成されたグループであったり、スタッフを雇ったりしている場合もある)。大きなサイズの立体作品であれば取り回しに人手がいるし、必要に応じて外部の工場や職人に制作を依頼する場合もある。映像制作には規模にもよるが、カメラマンや映像編集、全体を管理するマネージャーやプロデューサーが参加する。ソーシャリー・エンゲイジド・アートのようにいろいろなコミュニティを巻き込んで制作をするようなプロジェクト型の作品にはさらに多種多様な人々が関与する。
ギャラリーや美術館での展覧会、発表が決まっていれば、作品が完成したら制作現場から展示場所へ③輸送される。その準備として輸送中に破損・汚損しないよう制作現場で梱包が行われる。梱包の方法は作品の素材・形態によって変わってくる。輸送手段によっては、完成した作品を一度分解しなければならない場合もある。作品をコンパクトにすることで輸送や保管にかかるコストを下げることができるからである。海外輸送だと密閉された木箱や頑丈なクレートに収める必要がある。そして作品価格に応じた輸送のための保険に加入しなければならない。美術輸送は通常の輸送よりも費用がかかるので、アーティスト自身がトラックをレンタルし、展示会場まで輸送することもよくある。
発表・展示場所に到着すると、美術館であれば展示業者(輸送会社が担うこともある )と協力しながら荷物を下ろし、展示室へ運び、開梱作業となる。アーティストは事前に模型や図面を使って学芸員とともに展示計画をつくり、会場となる実際の展示空間との誤差を見極めながら④展示を行なっていく。映像や音響、最新機器などが必要な場合は専門の施工業者が動員され、展示を実現することになる。展示用の道具、専用の治具が必要になることもある。ギャラリーでの展示であればギャラリースタッフとともに展示作業が行われる。
展示作業を準備期間内に終わらせると展覧会がスタートする。商業ギャラリーでの展覧会の場合は、作品の価格が決められ⑤販売される。展覧会の広報を行い、顧客には特別な招待の連絡をする。オープニングはアーティストと顧客が直接会って話すことができる貴重な時間であり、営業の絶好の機会の一つである。パーティーが催されることもある。
無事に展覧会が終わると展示物や仮設壁などの⑥撤去・搬出が始まる。商業ギャラリーの場合、販売された作品は購入者が指示する場所へ⑦輸送される(通常は作品代金の支払い確認後だが、その限りではない)。売れなかった作品はギャラリーが預かって引き続き販売が試みられたり、アーティストのもとへ戻されたりする。美術館の場合、収蔵されることが決まれば、そのまま美術館の収蔵庫へ移動される。その他の作品はアーティストのスタジオや倉庫へ戻され、他館や個人から借りている作品の場合はそれぞれの場所へ輸送、返却される。
美術館の収蔵庫やアーティスト、コレクターの倉庫に⑧収蔵・保管される場合、作品が劣化したり破損したりしないよう、紫外線からの保護、温湿度管理、保存メディアの選定など細心の注意が払われる。保管スペースがなく⑧廃棄されたり、分解されて未来の作品の材料になったりすることもある。
収蔵・保管された後、定期的なチェック、保存状態の確認がなされ、必要に応じて⑨メンテナンスが行われる。
3、
このように制作された芸術作品は、世界各地を移動し、人々に鑑賞、享受され、破壊されたり、保存され続けていくために多くの人々が関わり、時間と費用と労力がかけられている。このライフサイクルを文字通り人生をかけて動かしているのが芸術従事者であり、アーティストである。ライフサイクルを見た上で、2022年に引き続き2023〜2024年にかけて行った「アーティストの報酬に関するアンケート」結果[4]を見ると、数字と言葉がいっそう現実味をもって迫ってくる。美術館をはじめとした展覧会に参加しても、いわゆる謝金のようなアーティスト・フィーはもとより必要経費が一切支払われないことがあるし、展示した作品は売ることができず手元に戻ってきたり、保管できず廃棄したりする。(必要経費を説明しておくと、作品の制作費や機材費、輸送費、保険料、広報宣伝費、アーティストの宿泊費、交通費などのことを指す。果たして、このお金はどこからやってくるか・・・。)芸術に従事する者たちのライフサイクルについてはどのように考えればいいだろうか。
[4] アンケート結果は2024年公開予定。
芸術従事者たちは芸術と関係のない副業(すべては芸術に関係していることは脇に置いておくとして)をして、芸術の仲間たちとの横のつながりや親族との人間関係もうまく使い(信頼を得ながら)生き抜いて、活動をしている。困難な状況の中「自らの努力で成功を勝ち取ってきた」と考える叩き上げも多いので、国や公的機関から支援を引き出すことに消極的な人もいるが、公助を求めるアドボカシー活動は結集して行うべきだろう。とはいえ、公的な支援を受けるためには多様な国民から理解を得なければならないが、先鋭的な表現が前面化する現代美術に理解を示す国民は少ないと言わざるを得ない。
生活と芸術活動を維持するためには、おそらく公助だけに頼らず、自分たちで働く環境、経済的な仕組みを変えなければならない。その一つの手段として労働組合があるだろう。2023年には、現代美術に携わるアーティストによるアーティスツ・ユニオンが結成されており、「アーティストに適切な報酬が支払われること、契約を書面で交わしたうえで仕事を受けられること、アーティストとして労災を申請できること、ハラスメントのない環境でアーティストとしての仕事を行えることなど、労働者としての当然の権利が行使できること」を求めて活動をしている[5]。アーティスツ・ユニオンが立ち上がった2023年は、労働組合による成果が耳目を集めた年であった。日本でも大きな話題となった米国の俳優や脚本家による118日間のストライキでは、報酬引き上げやAI使用に関する保護措置などを求め合意を得ている[6]。日本国内では、ABCマートに対する一人のパート女性による15分間のストライキによって、全国5千人のパート・アルバイトの賃金が6%上がった[7]。西武・そごう労働組合による1日間のストライキでは、直接の使用者ではない持株会社や株式売却先の米投資運用会社から妥協を引き出し、当面の雇用維持を守った[8]。わずかな時間でも成果があったこうしたストライキは「労務不提供による経営への打撃そのものというよりも、社会に対するアピールにあり、そうしたアピールを通して、関係するステークホルダーに働きかけることで、事態の改善を図るもの[9]」であったことは、事業者と雇用関係を結ばないフリーランサーが多くいる芸術分野での労働運動にとっても示唆的だと思われる。
私はここで、生活と芸術活動を維持し、働く環境と経済的な仕組みをより良くするもう一つの手段、連帯の方法として、「協同組合」という選択肢を提案したい。協同組合というとまず思い浮かべるのが生活協同組合(生協)や農業協同組合(農協)だろう。労働組合と協同組合は兄弟姉妹のような関係であるけれども、「労働組合は集団的労使関係において労働者の権利、待遇を改善することをめざすのに対し、協同組合は組合員が所有し管理する事業を通じて、組合員の共通の経済的・社会的・文化的ニーズを満たすことを目的」としている[10]。
[5] アーティスツ・ユニオンHP http://artistsunion.jp/
[6] 「米俳優労組、スタジオ側と暫定合意 118日間のスト終結へ」BBC NEWS JAPAN,2023年11月9日
[7] 「ABCマート時給6%アップの舞台裏 ムダじゃなかった「1人スト」」朝日新聞デジタル,2023年6月28日
[8] 藤木貴史「ストライキ(団体行動)は現代の社会で何の意味があるのか?」『法律時報』日本評論社,2024年96巻3号,pp130-133
[9] 同,p132
[10] 栗本昭「労働組合と協同組合の連携に関する世界の動向」『連合総研レポートDIO』公益財団法人連合総合生活開発研究所,2023年33巻2号,p4 *ハンス・ミュンクナーによる「労働組合と協同組合の比較」も含む。
労働組合と協同組合の比較(ハンス・ミュンクナー)
国際協同組合同盟(ICA)が1995年に採択した「協同組合のアイデンティティに関する声明」では、協同組合について以下のように記述されている。
【定義】[11]
協同組合は、共同で所有し民主的に管理する事業体を通じ、共通の経済的・社会的・文化的なニーズと願いを満たすために自発的に手を結んだ人びとの自治的な組織である。
【価値】
協同組合は、自助、自己責任、民主主義、平等、公正、そして連帯の価値を基礎とする。それぞれの創設者の伝統を受け継ぎ、協同組合の組合員は、正直、公開、社会的責任、そして他人への配慮という倫理的価値を信条とする。
ここに掲げられている協同組合の基本的価値と、私たち芸術従事者が持っている価値観や態度は合致するのではないか。
一般的に協同組合は、社会の中で共助の役割を担う組織とされる。社会学者の恩田守雄による「助」行為の分類[12]では、協同組合は「互(共)助」–––互酬志向(利益を交換する行為)と再分配志向(利益を共有する行為)–––に相当すると考えられる。芸術従事者はというと、恩田の分類では「自助」、自立志向(自らを助ける行為)が強いと言えるだろう。表現行為は自己の内面や精神との結びつきが強いこともあり、アーティストはもとより芸術従事者たちは個人の力で問題を解決することに重きを置く。仲間同士で「助け合う」という言葉の使い方に難色を示すアーティストもいるが、同時に周縁的な感覚や事象に注意を向け、他者の多様な表現を尊重する芸術従事者の態度は、協同組合が掲げる民主主義の根本的な精神にも通じる。
[11] 栗本昭 編著『21世紀の新協同組合原則〈新訳〉––日本と世界の生協 この10年の実践』コープ出版,2006年,pp14-15 (本論でのICA声明からの引用は全て本書に拠る。)
[12] 恩田盛雄『互助社会論』世界思想社,2006年,pp15-16
恩田は「相互扶助」が生まれる根底には「共感」(同感)–––自分が他者と同じような境遇に置かれたときに感じる心の状態–––があると説明する[13]。芸術作品を作ることも作品を鑑賞することも共感する能力に関わっており、表現するためには対象(他者も自分自身も含まれる)を感じなければならないし、表現されたものに共感することが見ることであるし聞くことでもある。このような共感の能力を土台にして、「互(共)助」を維持しながら自立すること、個別でいながら「支援する主体であると同時に援助を受ける客体[14]」となれる状態をつくることができれば、アーティストを含めた芸術従事者特有の個人主義を損なうことなく連帯できるのではないか。これはICA声明にある「自助(Self-help)」の価値とも結びついていくだろう。協同組合の「自助」とは、生きていくために必要なすべてのことを自分の力だけで切り開き、努力すべきだという意味ではなく、個人は、仲間とつくる組合の成長を促すために技術や知識を習得し、仲間を理解しながら共に行動することで成長するということを指している[15]。さらに協同組合の掲げる理念、特に以下のような原則にも沿う。
[13]恩田盛雄『互助社会論』世界思想社,2006年,p4
[14] 同書,p10
[15] 栗本昭編著,前掲書,pp34-35
【第一原則】
自発的で開かれた組合員制
協同組合は、自発的な組織である。協同組合は、性別による、あるいは社会的・人種的・政治的・宗教的な差別を行わない。協同組合は、そのサービスを利用することができ、組合員としての責任を受け入れる意思のある全ての人びとに対して開かれている。
協同組合の源流といわれるロッチデール公正先駆者組合は、過酷な労働環境を改善するために自発的に労働者たちが集まり、1844年にイギリスで設立された[16]。彼らは長時間労働と低い報酬の上、粗悪な食品を高く売りつけられていたという。収入のあった時だけ少額ずつ積み立てて管理し、世界最初の労働者の手による協同組合の店舗をオープンし、1906年にイギリス卸売協同組合に吸収されるまで繁盛し続けた[17]。
[16] 19世紀後半にイギリスではじまったアーツ・アンド・クラフツと同時代である。
[17] 小塚尚男『結びつき社会––協同組合その歴史と理論』第一書林,1994年,pp18-22/鈴木岳「残しておきたい協同のことば 第4回 ロッチデール公正先駆者組合」『生活協同組合研究』公益財団法人生協総合研究所,2011年426巻,pp75-79
日本では、現代につながる協同組合のはじまりとして、現在のコープこうべの前身である神戸購買組合と灘購買組合がある。「生協の父」といわれる賀川豊彦の理念のもと、労働者が互いに協同して生活を守り合い、生活の安定を目指し1921年に設立されている[18]。1926年には、アーティスト・文化人類学者である橋浦泰雄らによって城西消費組合(当初の名称は西郊共働社、産業組合法による認可名は有限責任城西消費購買組合)が設立された[19]。多くの芸術文化関係者が組合員になっており、柳瀬正夢、村山知義、津田青楓、井伏鱒二、小林多喜二、尾崎翠、大宅壮一、中條百合子などがいた。彼らは日本生協の特徴の一つである「班会」をはじめて組織化したり、組合の中心的な担い手であった女性たちによる家庭会(初代会長は与謝野晶子)を設けたりした 。組合理論の研究会や生活大学などの文化活動も行われ、城西消費組合はさながら協同組合活動の実験場のように機能し、おおよそ15年間にわたって存続した。第一次大戦後の不況や普通選挙と抱き合わせで制定された治安維持法によって生活や表現が圧迫された社会で、アーティストたちが安定した生活を確保するための「互(共)助」の組織だったといえる。
[18] 賀川督明「賀川豊彦と協同組合」『協同組合論––ひと・絆・社会連帯を求めて』全国大学生活協同組合連合会,2013年,p57
[19] 三浦一浩「最初の「生活協同組合」?:「久我山生協」、東京西部生活協同組合連合会とその周辺」『ロバアト・オウエン協会年報第44号』公益財団法人生協総合研究所,2020年
4、
2022年10月に労働者協同組合法が施行された。今協同組合を設立するとすればこの法律に基づく労働者協同組合が良いだろう。具体的な設立手順の説明は末尾に記す参考書に譲るが、基本原理は「組合員による出資」「組合員の意見を反映した事業運営」「組合員自らが事業に従事」となっていて[20]、株式会社とは異なり、組合員が所有、経営し、実際の仕事に従事することになる。また、⾏政庁による許認可を必要とせず、法律の要件を満たし、登記すれば法⼈格が得られる準則主義であるため設立しやすい。
[20] 『協同ではたらくガイドブック《実践編》』一般社団法人 協同総合研究所,2021年,p41
「美術分野における報酬ガイドライン策定のためのアンケート調査」では、約75%の芸術従事者が、労働組合や協同組合などの連帯組織は「必要」と回答している。専門的な知識と技術を持っているアーティストをはじめとした芸術従事者は、連帯の方法として労働組合とともに協同組合を視野に入れ、自分たちの制作や流通などの事業–––芸術活動はれっきとした経済活動の一つである–––と結びつけた連帯を模索することもできるだろう。
大きな現代美術市場で活躍し、生活ができるだけの満足な収入を得る者はわずかであり、市場原理に晒されれば個人の表現原理を主軸にして活動を続けていくことは容易ではない。けれども、アーティストも美術批評家もギャラリストも学芸員も、芸術に従事するあらゆる人は生活者でもある。霞をパンに変えなければ生活ができない。副業と芸術活動を同時にこなし多様な働き方をする現代の芸術従事者の不安定な経済状況を改善し、生活の土台を支えること。協同組合はその一助になり得るのではないか。例えば、地域にいる農家、職人、料理人、会計士、プログラマー、編集者、研究者、芸術従事者たちが、それぞれ小さな労働者協同組合をつくり、それが地域社会を構成する一つの単位となる。相互に力を出し合って結びつきながら地域経済を動かし、別の地域社会とも繋がっていく。アーティストの芸術活動がその繋がりを促したり、生まれたネットワークの循環が新しい芸術作品の発表と流通の場になったり、社会から孤立してしまうことのセーフティーネットにもなる。そんな社会に変わっていけば、私たちは不安が少し軽くなって、ずっと芸術を続けられるかもしれない。
労働者協同組合を設立するための参考書など:
『協同ではたらくガイドブック《入門編》』発行・制作 一般社団法人 協同総合研究所,2019年
『協同ではたらくガイドブック《実践編》』発行・制作 一般社団法人 協同総合研究所,2021年
『〜働くを変える 地域を変える〜 ワーカーズ・コレクティブ実践ガイドブック』ワーカーズ・コレクティブ ネットワークジャパン,2023年
「知りたい!労働者協同組合労働者協同組合法」厚生労働省Webサイト
木原進
1975年東京生まれ。1998年多摩美術大学芸術学科卒業後、2020年まで芸術家の専属スタッフとして、作品の制作支援/展示/販売、「四谷アート・ステュディウム」「灰塚アースワーク・プロジェクト」等の運営に従事、「視覚のカイソウ」(2019-2020年、豊田市美術館)の展示製作監理等を行った。2021年に株式会社 梅ノ木文化計畫を設立し、文化教育機関での先端技術活用やアーカイブ構築の支援、文化芸術に関わるプロデュースを行っている。2023年に修了した法政大学大学院連帯社会インスティテュートでは、協同組合の理論と実践を通して芸術分野の連帯について研究を行った。
主な論考・論文に「シジフォスの石—完成させない建築《サグラダ・ファミリア》」、「パサジェルカ—芸術を媒介にして世界を認識する」、「芸術従事者の協同組合モデル–––現代美術における芸術従事者の活動環境に資する連帯」等。
アートプロジェクト〈引込線〉、アート・ユーザー・カンファレンス所属。