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調査・資料作成
2024.8.6
[フランス、ナンテール市における制作風景]©Mari Minato 2024 |photo: Baptiste François
美術分野の活動発表における報酬のあり方についてより適正な形を実現していくため、art for allではアーティストの報酬ガイドラインの策定を目指しています。そのため、報酬および経費の支払われ方について実態の把握を目的に「アーティストの報酬に関するアンケート」を実施するとともに、海外事例の調査と既存のガイドラインの翻訳も進めています。世界においてアーティストの報酬はどのような実態にあるのか? 今回はフランスの調査結果を報告します。(art for all)
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「フランス」という国について考えるとき、多くの人にとっては、芸術の都パリ、というイメージが真っ先に浮かぶかもしれない。或いは印象派による絵画が生まれた光や風景が存在する国だろうか。ルーブル美術館、オルセー美術館、ポンピドゥーセンターをはじめとした世界的にも有名な美術館が無数にあり、自身がフランスという国に滞在する以前から、文化による経済効果をよい意味で活用している国、という印象があった。
コロナ禍では美術館の入場者による利益が皆無となり、無人化したパリの様子は仏政府による外出禁止令下、映像でも見ることができた。
また、フランスという国においては「フランス革命」を経て市民の権利を獲得してきた、という印象が強いのではないだろうか。芸術家における権利も様々に獲得してきているのではないか。芸術大国がその芸術を生み出す芸術家やアートワーカーにとって必要な権利をすでに得ているのではないか。しかし、今回のテーマである「各国の文化政策と芸術家のための報酬ガイドラインの現状」という観点から述べると、文化政策については画期的な内容が実施されてきているが、報酬ガイドラインについては現在進行中である課題も多いと言える。
[図1]
フランスの文化政策は「共和国の価値」と「市民性」を問いながら行われてきた点が特徴と言える[1]。1946年に制定されたフランス第4共和国憲法においても、「フランス人民は、人類を隷従させ堕落させることを企図した体制に対して自由な人民が獲得した勝利の直後に、あらためて、すべての人が、人種、宗教、新庄による差別なく、譲りわたすことのできない神聖な権利をもつことを宣言する」と前文に記し、1789年の権利宣言により確立された市民の権利と自由、共和国の基本原理を確認できる。この前文で「現代にとくに必要」とされた諸原理に国による個人と家族の発展に必要な要件の確保がある。また「文化(culture)についての機会均等」の保障が、教育や職業養成の機会均等の保障と共に明記されている。市民の権利と国家の義務は1958年に制定された第5共和国憲法に引き継がれ、フランスの文化政策の根幹を支えているようだ。
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[1] 諸外国における文化政策等の比較調査研究事業 報告書(平成 30 年3月株式会社 シィー・ディー・アイより)
フランスの共和主義はあらゆる個人が、出自、人種、宗教などの属性に拠らず、ともに等しく市民として公共的事項の決定に参加することを求めている。この基本枠組みのなかで、フランスの文化政策は、多様な社会的文化的背景をもつ個人によって共有される公共空間を、市民の議論と交流が息づく理念的意味における公共圏としても、また都市や地域で実際に人々が集う現実の空間や施設としても、芸術や文化によっていかに構築するかを主要な課題としてきた。
フランスの文化政策の深層には、個人の市民的能動性をいかに実現し、不可分かつ非宗教的で民主的な公共空間をいかに築くかという、共和国の基本原理に由来する問題意識が通底している。
こういったことを踏まえ、フランスの文化政策のなかで特筆すべきいくつかの文化大臣による政策について言及したい。
まず、フランスの文化省は、シャルル・ドゴール大統領時代の 1959 年に、国民教育省から独立するかたちで創設されている。
※初代文化担当大臣に任命された作家アンドレ・マルローは、ド・ゴール大統領の側近であったが、マルローが起草しド・ゴール大統領が署名した政令は、文化省の責務を以下のように規定している。
文化問題担当省は、人類の、そしてまずフランスのもっとも重要な作品を可能な限り多くのフランス人が接することができるものとし、われわれの文化遺産への広範な支持を確固たるものとし、これを豊かににする芸術作品と精神の創造を奨励することを、その責務とする。(1959 年 7 月 24 日付、文化問題担当省の組織に関する政令 no.59-889)
文化省創設以前の国の文化政策は、おもに国民教育省に担われており、美術、文芸の振興と文化遺産保護がその中心だった。これに対して文化省は、「文化の民主化」をその責務として掲げ、卓越した文化に、全てのフランス人がアクセスできるようにする役割を担うことを示した。例として、文化省が各地で設立を推進した「文化の家」は、地方都市や都市周辺部の住民が、多様な分野の質の高い芸術に親しめるようにする文化機関であり、「文化の民主化」の中核的事業であったようだ。因みにパリ日本文化会館は1982年に日仏首脳会談で合意、1997年に設立され、今日も日本文化―舞台芸術やコンテンポラリーダンス、コンサート、講演会、ワークショップ、展覧会などが定期的に開催されている。日本語の授業や茶道・華道などの日本伝統文化に触れる機会を一般市民に提供する文化機関として機能している。
マルロー文化大臣の政策のなかでも、単年度予算の束縛と国民教育省の影響から免れるために、文化問題を国家計画の枠内で扱う戦略を打ち出したことは特筆すべきである。国家計画(Plan)とは、国家主導的性格の基幹政策であり、国の財源を 5 年単位で計画化する、というものだ。産業再建と近代化による経済復興を目的として第二次世界大戦後のフランスで進められ、高度経済成長を実現した。文化省が計画庁との協働路線をとったことで、第 4 次計画(1962-1965)でははじめて策定段階から文化問題が考慮され、持続的に実施される文化の公共政策が誕生した。
また、文化省は、芸術創造への支援開始に際して、国立現代美術センター(Centre national d’art contemporain:CNAC)や建築創造課など、それまで他省が手がけたことのない分野に関与するための組織を設けた。マルロー時代の文化省は、あらゆる芸術分野の創造を完全に市場に委ねることなく、国の支援によって近代化し、制度化しようとしたことが特徴と言える。
さらに文化省の地方分散化組織である地域圏文化問題局(Direction régionale des affaires culturelles:以下 DRAC)は、マルロー時代末期の 1969 年にはじめて3地域圏に設けられた。
全地域圏への DRAC 配備は、その 10 年後に完成していたようだ。首都パリを含めたイルドフランス圏を始め、ブルターニュ地方、ノルマンディー地方など現在では18地域圏に設けられている。
また、後述する芸術家のための社会保障制度については、アンドレ・マルロー文化大臣の時代1965年にデザイナー及び視覚芸術家の社会保障制度の管理がラメゾンデアーティスト協会(La Maison des artistes)に承認されている。
フランスの文化政策において特筆すべきもう一人の文化大臣といえば、現在もアンスティチュ・モン・アラブの館長を務めるジャック・ラング文化大臣である。当時、ミッテラン政権の成立とともに、文化省の予算は大幅に増加され、ジャック・ラング文化大臣の在任期間中に、対国家予算比1%が達成されている。
※同政権による政令は、文化省の責務を以下のように定義している。
文化担当省は:全てのフランス人が考案、創造し、自由に才能を表現し、自らが選択する芸術教育を受けられるようにすること; 国、地方およびさまざまな社会集団の文化遺産を共同体全体の共通利益のために保全すること,芸術と精神の作品の創造を奨励してできるかぎり広く支持されるようにすること、世界の文化[cultures=複数形]との自由な対話のなかでフランスの文化と芸術の威光に貢献することをその責務とする。(1982 年 5 月 10 日付、文化省の組織に関する政令 no.82-394)
この時期の文化政策の対象領域は、大きく拡大され、民衆文化や生活文化、写真、ファッション、ロック音楽、サーカスや大道芸、漫画などにも及ぶ幅広いものになった。また、学校教育における芸術文化教育と文化のプロフェッショナルを育成する高等専門教育がともに強化された。さらに、アーティストに近い立場をとる文化大臣のもとで、芸術創造支援が拡充されている。そして、知識経済に移行する時代の新しい経済発展を牽引する芸術文化の役割がさかんに強調されるようになったのもこの時期である。ラング文化大臣時代の文化省は、マルロー時代に基礎が築かれた「文化の民主化」、「芸術創造支援」、「文化遺産保護」政策をいずれも受け継いで拡充したようだ。
「文化の民主化」に関しては、フランスでの生活で身近な文化事業として、毎年夏至に開催されるフェット・ド・ラ・ムジック音楽祭(Fêtes de la Musique)などが一般市民にとっても身近な文化事業である。「芸術創造支援」については文化庁管轄下、政府と地方自治体の資金から成立している芸術支援組織のなかで、国立・県立・市立美術館や地方の美術館、国立や地方自治体による現代アートセンターを始め、フランスの現代アートパブリックコレクションとして1961年に創設されたアルトテック(Artothèque)、1971年に創設された国立造形芸術センター(Centre National d’Art Plastique(以下 : CNAP))、1982年にジャック=ラング文化大臣により設立された国立現代アート基金(Fonds régionaux d’art contemporain(以下 : FRAC))といったような文化事業を実施する公共普及組織などが挙げられる。Artothèqueは一般市民への美術作品貸出を行うというもので、図書館の美術作品版である。また、CNAPはコレクションの他にAides aux projets(※アートプロジェクト支援)やAides secours exceptionnels(※アート活動緊急支援)など毎年複数の芸術家支援を提供している。FRACは現在23創設され、それぞれの地域で展覧会を開催する他、カテゴリー別にコレクションを有している。
2017 年春の大統領選決選投票(第2回投票)に際してエマニュエル・マクロン候補が掲げた重点政策分野は、提示順に、1.安全強化(平和維持、テロとの闘いなど)、 2.教育と文化、 3.労働・雇用、4.経済の近代化、5.民主主義の再生、6.欧州・国際問題、の6項目だった。このうち教育と文化については、「社会の一体性の条件である」と説明されている。
公約における文化政策の目標のなかに、1. 文化への関心喚起、 2. 文化政策の再構築を始め、 3. アーティストと芸術創造への支援、 5. クリエーターの利益の保護が掲げられていた。
具体的な政策提案の中では、学校教育におけるすべての子どもへの芸術文化教育拡充 、500 ユーロ相当の「文化パス」(すべての 18 歳の若者に各自の選択でミュージアム、演劇、映画、コンサート、書籍、音楽に支出できるデジタル・アプリケーションを支給する)、図書館開館時間の延長(夜間、週末)が特質する点である。
[図2]
芸術家(アーティスト)はフランス語で「artiste-auteur」(芸術家―作家)という立場で表現され、La Maison des artistes(ラメゾンデアーティスト)という視覚芸術分野協会に所属し、社会保障、年金制度などの社会保険費を支払うシステムとなっている。このシステム内において税金申告をする場合、主要な芸術活動における収入(principal)と副次的な収入(accessoire)と双方申告することができる。前者の場合「著作権の譲歩」「オリジナル作品の販売或いは借用」「複製作品の販売」「作品により賞金などを受賞」「助成金(リサーチ、クリエーション、作品制作費、アーティスト・イン・レジデンス(滞在制作)など)」「滞在制作のための構想・作品制作による収入」「芸術家への賞などの審査員による収入」「作品のプレゼンテーション(アーティストトークなど)による収入」「作品の献呈」などが含まれ、後者には「公的なディスカッションなどへの参加による収入」、「スタジオにてレッスンや技術指導をした場合」、「ワークショップによる収入」、「他作家の作品構想や作品制作による収入」などが含まれる。尚、副次的な収入は2024年には年収13,980ユーロ以下と定められており、超過した場合、フリーランスという立場の体制で税金を支払うこととなる。
年金制度についてはRAAPという年金徴収組合に支払うシステムとなっている。4%と8%を選択できる。
映画分野でのアンテルミタン制度(1930年)、翻訳分野でのアンテルミタン制度開始(1969年)に対し、視覚芸術分野では現在でもアンテルミタン制度に値する保障制度、失業保険制度がまだなく、ラ・ビューズ(La Buse[2])というコレクティブを始めアーティストやアートワーカーにより国会に計画案を提出している段階である[3]。
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[2] ラ・ビューズ(La Buse)約10人ものアーティストを含めたアートワーカーにより2018年に立ち上げられた視覚芸術分野における労働環境を改善するための活動を行っているコレクティブ。https://www.la-buse.org/
[3] 国立造形芸術家労働組合(snapc)やラ・ビューズ(La Buse)などを代表に進められている。
※計画案だが、芸術家・作家の失業保険への介入を要求している[4]。過去12ヶ月に芸術活動(著作権譲歩、作品販売、奨学金など)において得た収入が最低賃金300時間 (課税前3,456ユーロ)を上回ることで、1年間1,200ユーロ/月の失業保険手当を受けられるという内容である。芸術活動の普及者による支払い額率の向上により可能になると主張。
2017年の調査[5]によると、視覚・造形芸術家の約53 %が 年間8800ユーロ以下(2017年の日本円で¥115,000)と報告されている(図3参照)。
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[4]上に同じ。
[5] 国立造形芸術家労働組合(snapc)による調査 https://www.snapcgt.org/le-snap-cgt/presentation
2019年ラ・シャラント・リーブル(La Charente libre)誌によると、アングレーム市在住の作家200人のうち150人が定期的にRSA (失業保険手当)を受けている。
また、2020年、ラシーヌのレポート(le rapport Racine)によると、造形芸術家の全体的な収入の中央値は年間15,000ユーロであるのに対し、女性造形芸術家は10,000ユーロであった。収入の男女格差も明らかとなっている。
[図3国立造形芸術家労働組合(snapc)による調査]
・健康医療保険について
芸術家(アーティスト)は他の多くの職業就業者と同等にAssurance Maladie(健康医療保険制度アシュランス・マラディー)に登録し強制保険カード「Carte Vitale」(カルト・ヴィタル)、日本における保険証+任意保険加入「Mutuelle」(ミュチュエル)で各々の保険負担料をカバーしている。
・強制補足年金「IRCEC」によって管理されている1つ以上の補足年金に加入する。
※Maison des artistes(ラメゾンデアーティスト)は1952年に創設された1901年の法律協会であり、芸術家の連帯と相互補助の精神で設立された。1965年にはアーティストのための社会保障の創設、1964年12月26日マルロー法によりデザイナー及び視覚芸術家の社会保障制度の管理が協会に承認されている。Maison des artistes加入者数は現在では19000人。
2019年より視覚芸術家の社会保険料の管理・支払いはUrssafが行っている。Micro-BNC(非営利利益)という課税システムでは、課税対象として社会保険料は芸術家が申告した収入高によりその翌年の拠出金・負担金が決定される。(手当 :34%の税金(所得、財産の価値など)の計算に基づいて定額または比例減額決定、この額に15%が加算される。
・社会保険料
保険料ほぼすべての額、年金保険などについては以下のような率で3ヶ月ごとに支払う社会保険料が決定されている。
・社会保障 : 0.40% (国が全額負担)
・年金の上限6.90%(そのうち0.75%は州がカバー)
・一般社会租税(CSG) : 9.20% (うち税控除6.80%)
・社会的債務(CRDS)返済租税 : 0.50%
・職業訓練継続のための租税(CFP) : 0.35%
フランスにおいて芸術活動を行う場合、芸術家・作家の報酬となる主に3つの柱がある。
一つ目はDroit d’auteurices 。著作権費、展示権・知的財産権などにより発生する権利に対する報酬である。
二つ目はHonoraires。英語でいう「ロイヤルティー」、日本語では「アーティストフィー、謝金」などと表現される。展覧会やアートプロジェクトにおいて構想を練る時間なども含めた報酬である。
三つ目はAides/Bourses à la Création。クリエーションのための助成や給付金などである。
世界の先進国の著作権法は大陸法と英米法に大きく二分されるが、一般的に大陸法系の国々は、著作者本人の権利を「著作者人格権」と「著作財産権」に分ける二元論を採用しており、その中でもフランスでは、「著作者人格権」を「著作財産権」に優先させている点が特徴的である。知的財産法典は「精神の著作物の著作者」という条文表現から始まっており、著作者の人格を尊重するフランスの立法精神がうかがえる。(第111の1条[6])
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[6] 第111の1条 精神の著作物の著作者は、この著作物について、自己の創作という事実のみにより、排他的ですべての者に対抗しうる無体の所有権を享受する。
第111の2条 この権利は、この法典第1編及び第3編に定める知的及び精神的特質並びに財産的特質に包含する。
フランス著作権法・知的所有権法典第1部文学的及び美術的所有権」より
文化・芸術大国のフランスが他国の著作権法に与えた歴史的影響は大きく、大陸法諸国の中で著作権法を初めて制定した国がフランスである。今日の著作権法の世界的基盤となっているベルヌ条約[7]の起草を19世紀後半に提唱したのもフランスであり、美術著作物の追求権[8]を保障したのもフランスが初である。
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[7]。文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(Convention de Berne pour la protection des œuvres littéraires et artistiques)。著作者の有する著作権に関する基本条約。1886年にスイスのベルン(「ベルヌ」は仏語)で署名され、翌1887年までに8か国が批准して発効した。ベルヌ条約の原条約が成立する過程で、フランスが果たした役割は大きい。
[8] 追及権とは、絵画や彫刻などの美術品が転売されるたびに、その売買価格の一定割合を著作者が継続して得ることができる仕組みである。1920年5月20日法により、世界初の「追及権」が美術作品に認められた。著作者が作品を安値で手放しても、後に価値が高騰した時に金銭的に報いられるようになっている。この追及権は、著作物が著作者から離れても、著作者の支配権は残るという大陸法の著作者人格権思想に基づいている。
また、フランスでは著作権は「所有権」であると考えられている。フランスを含む大陸法の国々では、著作物とは著作者の人格を投映した成果物であることから、ほかの誰でもない著作物の所有物であり(人格理論)、著作物の創作にかかる労力に見合った利益を享受する権利がある(労働理論)という考えに基づいている。著作者の人格を守ることを重視し、権利の範囲を広くとらえるフランスでは、著作物が著作者の元から離れたあとでも人格は投映されたままであることから、著作権法で保護を与え続けている。著作者人格権を例にとると、著作者人格権を例にとると、著作者本人の死亡により消滅すると考える国もあるが、フランスでは死後も永続するとされる(第121の1-3条)。また、追及権を世界で初めて認めたのがフランスである。この追求権とは、絵画や彫刻などの美術品を創作した美術家が、その作品を売却したのちも、オークションなどで転売されるたびに売買価格の一定割合を得ることができる権利である。
著作権法1791年法と1793年法は1789年に出されたフランス人権宣言を法源としていると言われている。同宣言の第17条では、「不可侵かつ神聖な権利である」として所有権全般を規定していることから、現代のフランス著作権法が人格権として著作者本人の権利を尊重する根拠となっている。
特に視覚芸術に関わる著作権法においては知的所有権法典第1部文学的及び美術的所有権内、第132の25条「著作者の報酬は、各利用方法ごとに支払われるべきものとする。」とあるように、視聴覚著作物の制作者である著作者に「報酬が支払われる」という概念が示されている[9]
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[9] 第3款視聴覚製作契約
第132の23条 視聴覚著作物の製作者とは、この著作物の作成の発意と責任をとる自然人又は法人である。
第132の25条 著作権の報酬は、各利用方法ごとに支払われるべきものとする。
2第131の4条の規定に従うことを条件として、特定の個別化し得る視聴覚著作物の伝達を受けることについて公衆が料金を支払う場合には、報酬は、配給者が経営者に与えることがある逓減料金を考慮して、その料金に比例する。報酬は製作者から著作者に支払われる。
[図4DCA]
公的に公表されている給与基準指針が4つ存在する。
そのひとつ目として挙げられるのが、まずフランスにおける現代アートセンター発展協会DCA[10](Association française de développement des centres d’art contemporain)による給与基準指針(Guides de rémunération DCA)である。同協会からは2019年3月にガイドラインが公表されている。その後、2023年5月15日にDCAの会員であるアートセンターの代表者たちが総会において報酬の基準指針を改めて採択した。そのヴァデメクム(ガイドライン)の詳細はリンク内に表示している[11]。この基準指針は2024年1月1日から適用されるために2023年から公開が始まり、現在では会員であるアートセンターで芸術活動をする際に適用される基準となっている。
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[10] 現代アートセンター発展協会DCAによる報酬ガイドライン。https://dca-art.com/
[11] DRAC ILE DE FRACE文化省#による報酬ガイドライン。file:///D:/MM/T%C3%A9l%C3%A9chargements/dca-referentiel-vademecum-2023_maj_mars2024.pdf
例として、同協会における個展を開催する際に発生する最低基準としては、①展示の構想に対する報酬1,200ユーロ、②展示権の譲歩として1,200ユーロであり、①と②合計2,400ユーロと示されている。また、4,800ユーロと目標基準も提示されている。
二つ目はDRAC ILE DE FRACE文化省[12]による報酬ガイドラインである。公的展示権による報酬について 2019 年 12 月18 日に文化省から発表されたガイドライン。個展或いはグループ展において、アーティストが公共の場で作品を発表した場合にその恩賞として発生する最低限の報酬が提示されている。フランスでは著作権は考慮されるものの展示権は蔑ろにされている例が多々報告されている。この最低限の報酬だが、「フランスの美術館においては強制的なものではない」が、「文化省の支援を受けている組織において、生存しているアーティストに対しては必ず発生する報酬である」と記されている。この最低限の報酬はあくまでも最低限であり、公的援助金によりさらに良い条件における報酬は好ましい、とされている。
「個展においては展示期間・展示作品数に関わらず最低報酬は 1000 €」であり、DCAによる基準よりやや低基準である。
その他、「この展示鑑賞が有料の場合、その3% が報酬に加算される」「グループ展においてはその展示期間に関わらず最低報酬は 100 €」である。「10 人以下のグループ展の場合、1000 €をその人数で割った金額を、 10 人以上の場合、最低報酬は 100 €である」など。
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[図5文化省]
三つ目はLe SODAVI(Schéma d’Orientation et de Développement des Arts Visuels)、視覚芸術分野における方向性計画案、政府とその関与者による共同構築政治を主とする共同基準である。ヌーベル=アキテーヌ地方アステル(Astres[13])から公表されている。ヌーベル=アキテーヌ地方県知事、ヌーベル=アキテーヌ地方、ヌーベル=アキテーヌ地域視覚・造形芸術網により制定されている。視覚・造形芸術分野においてこの報酬ガイドラインが制定された背景としてはヌーベル=アキテーヌ地方におけるSODAVIによりアーティストの経済状況が危惧されていたこと。公私、共同機関に関わらず普及者(委託者・組織側)からの無・低報酬、権利の無知・誤認などが確認されていた。この報酬基準はまだ進行過程ではあるが、契約手続きとして政府と文化省・地域圏文化問題局とヌーベル=アキテーヌ地方県知事、ヌーベル=アキテーヌ地方、ヌーベル=アキテーヌ地域視覚・造形芸術網により制定されたものである。アストルメンバー(アーティスト・コレクティブ、普及者(委託者・組織)、アーティスト・イン・レジデンスや制作プログラム局など)と国立組織とにより共同で定義された指標となっている。
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[13] ヌーベル=アキテーヌ地方/アステル(Astres)の報酬ガイドライン。https://reseau-astre.org/ressources/referentiel/
[図6アステル]
四つ目はドゥヴニール・アール(Devenir Art[14]) サントル=ヴァル・ド・ロワール地方による報酬ガイドラインである。Le SODAVI (Schéma dʼ Orientation et de Développement des Arts Visuels) Centre Val de Loire 視覚芸術分野における方向性計画案。政府とその関与者による共同構築政治を主とする共同基準である。視覚芸術分野におけるプロジェクトの資金調達状況を改善する見通しとして、主に芸術家・作家の報酬において Devenirart は報酬座標を提示している。→ アートプロジェクト実質予算を把握
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[14] サントル=ヴァル・ド・ロワール地方/ドゥヴニール・アール(Devenir Art)の報酬ガイドライン。https://devenir.art/boite-a-outils/recommandations-tarifaires-2023-pour-les-artistes-auteurs-et-les-autrices/
→ 芸術家・作家の報酬実態を改善
→ 異なる組織において公平な条件におけるアートプロジェクト実現を目指す
報酬計算表は芸術家の実質的な労働価値を把握するための指針早見表である。アートプロジェクトにおいてはリサーチ、展覧会コンセプト思索・発展、作品制作、展示・陳列作業、広報、アーティストトークやワークショップなど具体的にプロジェクトを委託した場合に発生する制作活動の把握とその価値。
あくまでも最低限の指標価値である。
ヌーベル=アキテーヌ地方 Astre による報酬指標、CAAP(芸術家・作家複数分野における委員会)と共に制定されたものである。作品制作における報酬価格表についてはカナダ・ケベック視覚芸術家団体 CARFAC により発表されたものを参考にしている。
[図7ドゥヴニール・アール]
以上のように、フランスにおける文化政策と報酬ガイドラインの現状を読み解いていくと、54もの国立アートセンターが推奨・提示する報酬ガイドラインが現代アートセンター発展協会(DCA)より2019年に公表されたことや、フランス文化省(Ministère de la Culture)による「クリエイター・芸術家への「報酬」に対する啓発とそのガイドライン」が公表されたのが2018年であったという事実。それは、1886年にヨーロッパにおいて「著作権」を世界で初めて複数国で条約を結び発行することに尽力したことを始めとしたフランスの「概念」の提示力や共有を促す交渉力、「権利」の獲得についてなど画期的であったといえる。その一方で、「報酬」に対しての啓発がコロナ禍前後という極めて近年まで成されてこなかったのは何故なのだろうか、という疑問が残る。その背景を今後も深く掘り下げ追及していくことは、私たちにとって重要な「鍵」となるのではないだろうか。
前述したラ・ビューズ(Le collectif La Buse)共同代表であるエミリー・ムスティス氏を始め、1977年に起ち上げられた造形芸術家のための国立労働組合など、状況改善を求め声を挙げてきた人々の存在とその歴史や活動を共有しつつ、自身も現代社会におけるアーティストという立場の一人として、より多くの人と現状の共有と理解を得ること、更なる改善に向けてささやかな一歩となることを強く願っている。
湊茉莉(みなと まり)
京都市出身。現在はフランス、パリを拠点に活動。京都市立芸術大学・同大学院で日本画を専攻。パリ国立美術学校(エコール・デ・ボザール)に留学、その後編入しディプロマを取得。近年の個展に『Résurgences』(アートセンター「ラ・アール」(フランス)、2023)、『ながれ-あはうみの つちときおく』(滋賀県立陶芸の森 陶芸館ギャラリー、2022)、『はるかなるながれ、ちそうたどりて』(京都市京セラ美術館 ザ・トライアングル、京都、2021)、『うつろひ、たゆたひといとなみ』(銀座エルメスフォーラム、東京、2019)。主な参加プロジェクトとして、『フランス・ナンテール市 旧市庁舎公園内野外公共劇場壁画コンク』(ナンテール、フランス、2019)、『常設絵画インスタレーション』(パリ国際大学都市内国際館、パリ、フランス、2018)ほか多数。近年、オランダのアーティスト・イン・レジデンス『EKWC (European Ceramic Work Centre)』(オイステルウェイク、オランダ、2022)や『Château de la Napoule』(ラ・ナプールファンデーション、フランス、2023)でも滞在制作を行う。
[図8フランス、ナンテール市における制作風景]©Mari Minato 2024 |photo: Baptiste François]